1. 「50代から異業種」は“無謀”な挑戦か?
「今さら、自分は通用するのだろうか…」
「50代から、まったくの異業種へキャリアチェンジする」
そう考えたとき、あなたの心にはどんな感情が浮かぶでしょうか。
- 「今さら新しい業界の知識なんて、覚えられるだろうか…」
- 「年下の先輩や上司に、プライドを捨てて頭を下げられるだろうか…」
- 「これまでのキャリアで培った経験が、まったく役に立たなかったらどうしよう…」
こうした不安、いわゆる「不」の感情が押し寄せるのは、至極当然のことです。これまで何十年もかけて一つの業界で築き上げてきたものを手放し、新しい世界に飛び込むのですから、その恐怖や戸惑いは計り知れません。
「もう50代なんだ。無謀な挑戦はやめて、今の会社で波風立てずに過ごすべきか…」
そんな風に、一歩を踏み出すことをためらってしまうお気持ちも、私には痛いほどよくわかります。
私自身も「異業種」へ飛び込んだ経験者
なぜ、私にそのお気持ちがわかるのか。
何を隠そう、私自身が50代を前にして「異業種へのキャリアチェンジ」を経験した当事者だからです。
私は新卒で大手食品メーカーに入社し、人事(HRM)の専門家として15年間キャリアを積みました。しかしその後、ご縁があってまったくの異業種である「学校法人(大学)」へと転職しました。
食品メーカーと学校法人。かたや営利を追求する民間企業、かたや教育・研究を旨とする非営利組織。組織の目的から文化、そこで働く人々の価値観等、異なるものばかりでした。
今となっては、転職したことは、「無謀な挑戦」ではなかったと捉えています。しかし、その境地に至る道のりは簡単なものではありませんでした。
それゆえ、50代からの異業種への挑戦は、単なる「転職」ではないと考えています。「会社を変える」ということに加えて、「自分を変える」という要素が多分にあるからです。
50代までに積み上げてきた自分のキャリアを一旦解体し、自分の経験を価値として捉え直し、再構築して、新たな意味づけを行う。建物でたとえるならば、「リノベーション」することに近しいです。
私は、この一連の動きを「キャリアのリノベーション」として位置付けています。
今日は、50代で「転職」を考えている方に向けて、私の実体験から学んだ「落とし穴」と、それを乗り越えるために不可欠な「2つの秘訣」について、包み隠さずお伝えしたいと思います。
2. 50代が陥る「落とし穴」:専門性(コアキャリア)さえあれば通用するという幻想
同じ「人事(HRM)」でも、まったく通用しなかった
私が異業種へ飛び込む際、一つだけ「心の支え」がありました。
それは、「自分は人事(HRM)のプロフェッショナルだ」という自負です。
「食品メーカーだろうが学校法人だろうが、人事(HRM)の仕事は“人”と“組織”の力の最大化がミッション。基本的な原則は同じはずだ。ゆえに、自分の専門性(コアキャリア)は、どこでも通用するであろう。」
当時の私は、そう期待していました。
しかし、その期待は、新しい職場で働き始めてすぐに、大きな違和感として私の心を支配し始めたのです。
例えば、「評価制度」一つとっても、その根底にある「思想」がまったく違いました。
メーカー時代は、個人の成果をいかに公正に評価し、報酬(給与や賞与)に反映させるかという「成果主義」が絶対的な正義でした。
しかし、学校法人における「評価」は、教育・研究という成果で見えにくい活動を支えるためのものであり、成果は重視するものの、メーカー時代とは異なり、曖昧模糊としたものでした。
組織における「和」を重んじる価値観は、双方持ち合わせているものの、言葉では表現し難い「組織風土」の違いを感じ取ったのです。
メーカー時代の感覚で人事制度に関する提言をしても、「扇さん、それはうちの文化には馴染みませんよ」「そこまでやる必要はないですよ」「それは、〇〇と□□という理由からできそうにないです。」と、やんわりと、しかし明確に拒絶されたのです。
仕事上使う「用語」も、「単語」は同じであっても、捉え方は違いました。
メーカーで「総額人件費」と言えば、収益に対していかに統制し、経営資源として最適化(時には削減)するかということに注目していました。「コスト」の側面が強い言葉でした。
学校法人でも「総額人件費」はコントロールし、最適化することが求められていましたが、収益という捉え方はメーカーのそれとは異なりました。
同じ「人事」という仕事をしているにもかかわらず、「言葉」の意味合いが異なる。それは、あたかも、「価値観」が共有できない感覚でした。
「自分の専門性はどこでも通用する」という期待は、業界の「文化」や「しきたり」という見えない壁の前で、もろくも崩れ落ちそうになったのです。
専門性を発揮する「土壌」を知る
この手痛い経験(失敗)から、「自分の専門性を発揮するための『土壌』を、ゼロから徹底的に知る」コトの大切さを改めて痛感しました。
どれほど優れた「種(=専門性)」を持っていたとしても、それを蒔く「土壌(=新しい業界・企業の文化や歴史)」を知らなければ、芽が出るはずもありません。
「自分の常識」をいったん脇に置き、業界の「常識」を謙虚に学ぶこと。
これこそが、50代のキャリアチェンジを成功させるための、すべての土台となります。
3. 異業種で真に問われる「2つの秘訣」とは?
50代の転職で人脈は「ゼロリセット」される
もう一つ、50代の転職者が直面する、厳しくも重要な現実があります。
それは、「人脈のゼロリセット」です。
前職でどれほど高い役職に就いていようと、どれほど多くの部下や取引先との人脈を持っていようと、新しい職場では、あなたは「入社一年目」の新人と同じです。
たとえば、昨日まで「部長」と呼ばれ、多くの人が自分の指示で動いてくれていたとしても、今日からは、自分一人ではコピー機の場所すらわからない「ただの人」になる。
「人脈ゼロ」の状態から、いかにして新しい信頼関係を築き、「仲間」をつくっていくか。専門性を発揮すること以上に、50代の異業種転職において最も重要であり、最も困難な課題となります。
ここで、先ほど触れた「人材力の4要件」について、少し詳しくお話しします。
私は、ビジネスパーソンの能力は以下の4つで構成されると考えています。
- 基礎力:学び続ける力、物事の本質を捉える力
- 専門力:特定の分野における深い知識と経験
- 再現力:自分の経験やスキルを、異なる環境でも成果として発揮できる力
- 人間力:他者と信頼関係を築き、周囲を巻き込み、組織を活性化させる力
※参考記事:「50代転職 会社の市場価値を探るには? 人生の終点から逆算し、自分の歴史を4つの力で見直す方法」
50代のキャリアチェンジ、特に異業種への挑戦において、採用する会社は、あなたの「基礎力」や「専門力」よりも、「再現力」と「人間力」に大きな期待を寄せているのです。
秘訣1:「再現力」で貢献を約束する
「再現力」とは何でしょうか。
それは、単に「私にはこういうスキルがあります」とアピールすることではありません。
「あなたの会社(新しい業界)が目指している中長期的な戦略や、今まさに直面している課題に対して、私のこの経験を『このように応用・翻訳』して貢献できます」と、具体的に示し、転職後の会社で実績として示すことです。
私の例で言えば、「教育・研究の質を高めるという貴法人の戦略に対し、私がメーカーで培った『人材育成の体系的なノハウ』を、貴法人の文化に合わせて『翻訳』し、教職員の皆様の成長を支援する形で貢献できます」と提示し、実際に制度を構築、運用すること。
会社が50代で自らキャリアチェンジに挑戦する人に期待する力は、「再現力」なのです。あなたの経験を、新しい業界の「言葉」と「文脈」に翻訳し直し、未来への貢献を約束する力が問われています。
秘訣2:「人間力」で仲間をつくる(「ではの神」になるな!)
もう一つの秘訣は「人間力」です。とくに、50代のキャリアチェンジにおいて、「仲間をつくる」という「人間力」が必要です。
人脈ゼロからスタートする50代にとって、この力なくして成功はあり得ません。 この「人間力」を発揮する上で、絶対にやってはいけない、50代が最も陥りやすい「罠」があります。
それは、「『ではの神』」になることです。
「『ではの神』」とは、「前の会社では、こうだった」「私のいた業界では、これが常識だった」と、過去の栄光や常識を振りかさす人のことです。
この言葉を発した瞬間、あなたは新しい職場の「仲間」から、「扱いにくい過去の人」と認定されてしまいます。
その言葉の裏には、「あなたたちのやり方は間違っている(遅れている)」という、無意識の傲慢さが透けて見えるからです。
しかし、それでは誰も信頼してくれないし、誰も助けてくれない。自分の専門性(コアキャリア)を発揮する以前の問題で、孤立してしまいます。
私も、転職当初は危うく「ではの神」になりかけました。
そこで、勇気を出して、プライドを捨てました。
年下の先輩に、「何もわかりません。ゼロから教えてください」「(共同するタスクに関して)一緒に取り組ませてください」謙虚に教えてもらうようにしたのです。
「仲間をつくる力」とは、自分と異なる価値観を「そういう考え方もあるのですね」と尊重し、積極的にコミュニケーションを図ろうとする力です。この力こそが、人脈ゼロの状態から信頼を勝ち取り、あなたの「新しい居場所」を築くための、唯一無二の最重要スキルなのです。
4. あなたは「納得」してその一歩を踏み出せるか
「本心」を大切にすることが、なにより重要
50代の転職を検討するとき、「あなたの“本心”は、その一歩を本当に望んでいるか?」ということを確かめる必要があります。
「給与がいいから」「今の会社が嫌だから」「世間体が良いから」…
あるいは、「他人からどう見られているか」といった他人軸の理由で、50代からの大切な一歩を踏み出してはいけません。
なぜなら、「転職」後に対峙する困難な壁にぶつかったときに、「自分が納得してこの道を選んだ」という強い動機(本心)がなければ、それを乗り越えられないからです。
自分の価値観に照らして、「たとえ困難があっても、この新しい世界で自分の力を試してみたい」「この業界で、残りのキャリアを新たに積み上げてみたい」と、心の底から「納得」できる選択であるかを確認する。
小手先の転職対策ではなく、自分の「本心」と率直に向き合うことが、50代の「転職」を成功に導くのです。
この記事でお伝えした2つの秘訣も参考にして、自分の「本心」を丁寧に確かめることを強くおすすめします。
「ロスタイムが一番熱い時間」にするために
50代からの挑戦は、不安も大きいでしょう。
しかし、それは同時に、これまでの経験という「点」と「点」が繋がり、思いもよらない「線」となる、エキサイティングな「人生の後半戦」の幕開けでもあります。
私がモットーとする言葉に、「ロスタイムが一番熱い時間」というものがあります。
この言葉は、私が敬愛するミュージシャンの角松敏生さんの言葉です。
50代からのキャリアは、人生の後半戦とも言えます。角松さんは、その人生の後半戦を、サッカーの試合での「ロスタイム(アディショナルタイム)」に例えています。
アディショナルタイムでは、
- 勝っているときは、最後まで油断せず価値をもぎ取りにいく
- 引き分けているときは、最後のワンプレーで勝ち越しを狙う
- 負けているときは、勝ちをもぎ取りにいく
- 負けが決定的であっても、誇りをもって闘い抜く
つまり、どのような状況にあっても、「ロスタイム」は最も熱い時間なのだと。
人生の後半戦は、決して消化試合ではありません。
これまでの経験をすべて注ぎ込み、誇りを持ってピッチに立ち続ける、一番熱い時間なのです。
あなたのキャリアチェンジが、そんな熱い時間への第一歩となることを、心から願っています。
5. あなたの「本心」を確かめる対話の場所
とはいえ、異業種への挑戦という大きな決断を前に、ご自身の「本心」がどこにあるのか、どの経験が「再現力」として通用するのか、あるいは、「人間力」がどの程度備わっているか、一人では見定めがたいと感じていらっしゃるかもしれません。
もし、ご自身の「納得感」を深く掘り下げ、これまでのキャリアを「価値」として再定義するための「対話」が必要だと感じられたなら。
その時は、湘南キャリアデザイン研究所の「キャリア・リノベーション相談」をご活用ください。
あなたの50代からの挑戦、応援しています。