「ここまでずっと働いてきたのに、自分の強みを一言で説明してと言われると、うまく答えられない」
「若いころのように新しいスキルを身につけているわけでもない。役職も一段落ついた。結局、自分の“売り”って何だろう……」
50代のビジネスパーソンの方から、こんな切実な声をお聞きすることがよくあります。
とくに、役職定年が視野に入ってきた方、そろそろ転職も選択肢に入れようか迷っている方、あるいは会社の早期退職制度の案内が手元に届いた方。
こうした人生の「分岐点」を前にしている方ほど、自分の強みや価値がはっきりしないまま、不安だけがふくらんでいくものです。
その不安を解消するために、つい「すぐに役立つ面接対策」や「強み発見診断テスト」、「転職ノウハウ」といった即効性のある答えに飛びつきたくなるかもしれません。不安なときほど、すぐに使える武器を手に入れたくなるものです。
けれど、私は50代のビジネスパーソンの皆さんに、あえてこうお伝えしたいのです。
役職定年や転職、早期退職といった大きな決断の前に、自分の経験をじっくり振り返ることが大切だということです。
これ、一見“遠回り”に見えます。
それでも、その「回り道」こそが、あなたの本当の強みを探り当てるためには必要なプロセスなのです。
本記事では、その「遠回り」にあたるプロセスを、私はこう捉えていますというお話をします。
「自己分析とは、経験価値分析である」
私がこれまでのブログ記事の中でも何度も使ってきた表現です。
社会人として30年近く走り続けてきたあなたの過去には、経験価値を表現する多くの「原石」が宿っています。
この記事では、この「経験価値分析」という視点に立って、以下の4つのステップでお伝えしていきます。
- なぜ50代になると、自分の強みが見えづらくなるのか
- 経験価値分析の3つの問い(壁/理由/行動)
- ビジネスだけでなく、プライベートの経験も振り返る意味
- それらを「強みの言葉」にまとめていく方法
1.なぜ50代になると「自分の強み」がわからなくなるのか
なぜ多くの50代が「自分には何もない」と感じてしまうのか、その原因は、経験を積みすぎたからこそ陥る、ある種の「思い込み」なのです。
「思い込み」とは、「自分のことは、自分がよくわかっているようで、実はわかっていない」ということに気がつかないということでもあります。
1-1 「できて当たり前」の範囲が広がりすぎるから
ビジネスパーソンとして、30代・40代の頃は、初めて何かを任されたり、成果を出したりするたびに、周囲から評価されたり、褒められたりする機会があったはずです。
また、時には想定しえなかった失敗や後悔する経験も積んできたことでしょう。
「初めてプロジェクトリーダーになった」「大きな商談をまとめた」「新人育成がうまくいった」「とてつもなく大きなしくじりを経験した」「あのとき、こうやっていたらもっとよくなっていただろうに」。
ところが、50代のビジネスパーソンは、こうした経験を、次の世代につなげていくことに重きをおくことが求められます。
自分では、「これくらい、誰でもできるのではないか」「この年齢とポジションなら、やっていて当然だろう」と感じることでも、他の人は必ずしもそうではありません。
たとえば、自分ではそれほど高度なスキルと捉えていないことでも、他の人が客観的に見れば高度なスキルとして捉えられることがあるのです。息をするように自然にできることほど、自分ではその価値に気づけないものです。
1-2 会社や周囲の期待が変わるから
50代になると、会社や周囲は、今までとは異なる見方をするようになります。
- ベテランとして、どのような付加価値を生み出してくれるのか
- 若手や次の世代に、どんな経験や知恵を渡してくれるのか
- 組織(会社)に、どのようなプラスの影響をもたらしてくれるのか
つまり、「過去の実績」に加えて、「これまでの経験から、これからどんな価値を出せるのか(未来への再現性)」が問われるようになるのです。
この「過去」と「これから」をつなぐ言葉が見つかっていないと、せっかく積み上げてきた経験も、「ただ年を重ねただけ」と感じられてしまいがちなのです。
1-3 自分の物語を振り返る時間を取ってこなかったから
そして何より大きいのが、自分の歩みを丁寧に振り返る時間を、ほとんど取ってこなかったという事実です。
目の前の仕事をこなすだけで精一杯だった。家族やプライベートでも、さまざまな役割を担ってきた。「振り返ろう」と思っても、どこから手をつければいいかわからない。
そんな日々を続けてきて、気がつけば50代の入口に立っていた、という方も多いのではないでしょうか。
だからこそ私は、あえてこうお伝えしたいのです。
役職定年・転職・早期退職といった大きな分岐点に直面しているときこそ、「今すぐ役立つテクニック」ではなく、一見遠回りに思える「自分の経験を振り返ること」に時間を投資してほしい、と。
この遠回りこそが、結果的に最も納得のいく選択をするための近道になると考えています。
2.自己分析は「経験価値分析」である
では、その「遠回り」とは具体的に何をすることなのでしょうか。
私はそれを、「自己分析とは、経験価値分析である」と捉えています。
2-1 「経験」そのものではなく、「経験から生まれた価値」に注目する
経験価値分析が目を向けるのは、出来事そのものではありません。
もちろん、「どこで」「いつ」「どのような仕事をしてきたか」という事実の把握は大切です。
それ以上に大事なのは、その経験から生まれた、価値を分析する視点です。
- 考え方(どんな観点で物事を見てきたか)
- 判断基準(迷ったとき、何を優先してきたか)
- 行動パターン(どのように動きがちか)
私はこれを「経験価値分析」と呼んでいます。
2-2 出来事を並べるだけの自己分析との違い
一般的な自己分析では、これまでの出来事を年表のように時系列に並べて整理することがよく行われます。
もちろん、それも大切なステップですが、それだけでは多くの場合、「たくさん経験してきたけれど、だから自分の強みは何なのか?」という問いに答えられずに終わってしまいます。
経験価値分析では、出来事の整理に加えて、「その出来事は自分にとってどんな意味があったのか」をひとつひとつ掘り下げていきます。
2-3 経験価値分析の3つの問い
経験価値を分析するには、捉え方(視点)が重要です。今日はご参考までにつぎの3つの視点をご紹介します。
この視点を踏まえて過去の出来事を振り返ると、一つひとつの出来事の中に宿る「あなたの強み」の「原石」が姿を現します。
- 【壁・課題】
当時のあなたが壁や課題に思っていた(乗り越えようと思っていた)事はどのようなことでしたか? - 【理由】
上記のエピソードが、当時のあなたにとって壁・課題だった理由は何ですか?
(なぜ、それが辛かったり、難しかったりしたのですか?) - 【行動・取り組み】
その壁を乗り越えるために、当時のあなたはどのようなことに取り組みましたか?
この3つの視点を総合して捉え直すことで、「自分はどんな状況を『壁』と感じやすいのか」「何を大切にしているからこそ、それを『壁』と受け止めたのか」「壁に直面したとき、どのような行動を選びがちなのか」といった、自分ならではのパターンが浮かび上がってきます。
3.ビジネス経験から「経験価値」を掘り起こす
最初のステップは、仕事の経験から「経験価値」を掘り起こすことです。
3-1 素材にするのは「成果」ではなく、「自分にとっての壁」だった経験
ここで大切なポイントは、「成果が大きかったエピソード」だけを選ばなくてよいということです。
むしろ、以下のような「自分にとっての壁」だった出来事こそ、経験価値が詰まっています。
- 苦しかった経験
- 迷い続けた経験
- 不本意な異動や、組織再編で役割が大きく変わった時
- 難しい部下や上司との人間関係に悩んだ時
ともすると「負の感情」が伴う経験こそが、あなたの人としての「地力(じりき)」が試され、強みが発揮された経験なのです。
3-2 仕事の出来事に3つの問いをあててみる(実践例)
では、実際にどのように分析するのか、一つの例を挙げてみましょう。
例えば、「自分の立ち位置がわからないと、力が発揮できない」という経験があったとします。
- 【壁・課題】:頼りにされていないと感じると、自分の立ち位置、居場所を自分で感じとれない
- 【理由】:イキに感じるときは、チカラがみなぎる反面、上記の時は、チカラを出す気になれなかった
- 【行動・取り組み】:①誰もやりたがらない仕事をほっておかず、仲間とやり遂げた。②それに没頭した。③とにかく自分のできることを小さく積み上げた。④周囲の支援を求めた。
ここから見えてくるのは、どのような状況にあっても、自分が没頭できることを見つけよう、あるいは、没頭した経験を思い返そう。そういうときは、自分に自信を感じ、自分を奮い立たせられるという経験をしたと捉え直すことができます。
つまり、「自分で自分の力を発揮しやすい状態を創り出せる」という「強み」がここから浮かび上がってくる。
このような捉え直しにつながるのです。
3-3 「役職」ではなく「スタイル」をすくい上げる
気をつけたいのは、「役職」と自分の強みを安易に結びつけないことです。
「課長だから」「部長だから」という肩書きの前提を外して考えてみてください。
- どのような場面で、本気になってきたのか
- どんなときに、どんな判断をしてきたのか
- どのような関わり方を好んで選んできたのか
これらを分析していくと、「自分ならではのスタイル」が見えてきます。
例えば、「先頭に立って旗を振るリーダー」なのか、「混乱した状況を整理する調整役」なのか、「メンバーの心理的安全性を高めるサポーター」なのか。
役職定年や転職で問われるのは、最終的には「あなたは、どんなスタイルで、どんな価値を提供してきた人なのか?」という点です。
その答えを、自分の言葉で語れるようにしておくこと。それこそが、遠回りに見えて、実は一番の近道なのです。
4.プライベートの経験も振り返ると、内省に「厚み」が出る
ここからは、少し視野を広げて、プライベートの経験にも目を向けてみます。
湘南キャリアデザイン研究所は、「キャリア=人生そのもの」と捉えています。
4-1 プライベートには「素の自分」が表れやすい
仕事の場面では、どうしても役割や肩書きが前面に出ます。
一方で、家族との関係、親の介護、地域活動や趣味のサークルといったプライベートの場面には、役職も評価もありません。
だからこそ、そこには「素の自分」が表れやすく、あなたの本質的な価値観が色濃く反映されます。
4-2 プライベートの出来事にも、同じ3つの問いをあててみる
プライベートの経験にも、ビジネスのときと同じように、3つの問いをあててみます。
例えば、「親の介護で兄弟間の意見が対立した」という経験。
これも「利害関係の調整」というビジネススキルと共通する高度な経験です。
「PTAの役員決めで紛糾した場を収めた」という経験。
これは「ファシリテーション力」や「交渉力」の証明になります。
履歴書や職務経歴書には書けないかもしれません。それでも、これらは「自分は何を大切にして生きてきたのか」を映し出す、貴重な鏡になります。
4-3 ビジネスとプライベートの共通パターンを探す
ビジネスとプライベート、双方の出来事に3つの問いをあててみると、やがて共通するパターンが見えてきます。
- 仕事でも家庭でも、自分はいつも「聞き役」に回っているな。
- 会社でも趣味の場でも、「新しい企画」を考える時が一番ワクワクしているな。
仕事と家庭は全く別の世界のように見えますが、「じぶんらしさ」の軸は意外なほど共通しているものです。
「仕事だけの自分」ではなく「人生丸ごとの自分」を肯定できた時、本当の意味での自信が生まれます。
5.ビジネス×プライベートの経験を「強みの言葉」にまとめる
ご紹介したことを、是非、A4サイズのノートに、手書きで書き出してみましょう。「経験」から見えてくる「強み」を自分の言葉で言語化するためです。
5-1 共通して出てくる価値観・行動パターンを拾い出す
ビジネスとプライベート、両方のメモを眺めながら、繰り返し出てきた言葉や、自分でも「これは自分らしい」と感じるフレーズを丸で囲んでみてください。
「誠実」「完遂」「仕組み化」「育成」「サポート」「挑戦」……。
それらの言葉の中に、あなたが大切にしてきた「価値観」があらわれているはずです。
5-2 「強みの文」に落とし込んでみる
抽出したキーワードを使って、次のような形の文章にしてみることをおすすめします。
【強みの言語化テンプレート】
「私は、◯◯な状況(壁)において、△△を大事にしながら(価値観)、□□という行動をとって(行動)、価値をもたらすことができます」
例えば:
「私は、○○という経験をしてきた。□□という混乱や対立が生じている困難な状況があった。それを、▼▼して、関係者全員の納得感を醸成し、粘り強く対話を重ねて合意形成を図った。その結果、プロジェクトを前に進めることができた。この経験があったからこそ、●●という別のプロジェクトにおいても、○○と同じ成果を再現できた。つまり、私は、◎◎という再現する強みがある。」
このように言語化できれば、あなたにだけ宿る「ポータブル(持ち運び可能)な強み」の定義を明確に伝えることができます。
5-3 大きな分岐点で「迷いすぎない」ための判断軸になる
役職定年・転職・早期退職など、これから大きな選択を迫られる場面では、どうしても年収や勤務地といった「条件」の比較に意識が向きがちです。
もちろん、それらも大切です。
しかし、最終的に「この選択でよかった」と感じられるかどうかは、「その選択が、自分の強みや価値観と噛み合っているかどうか」に大きく左右されます。
一見遠回りに見えるかもしれませんが、この「強み」を自分の言葉で言語化しておくことが、自分の選択に関する納得感につながります。
6. 経験価値分析を続けるための工夫
最後に、この分析を挫折せずに続けるための、ささやかな工夫をお伝えします。
6-1 一気にやろうとしない
まず何より大切なのは、「一気に仕上げようとしない」ことです。
30年分を一度に振り返ろうとすると、間違いなく疲弊します。
「今日は、あの入社3年目の失敗談だけ分析してみよう」「今日は、週末の出来事だけ考えてみよう」。
1日1エピソード、10分程度でも十分です。パズルのピースを集めるように、少しずつ進めていきましょう。
6-2 書き出す「場所」を用意する
ノートでも、A4用紙を準備することをおすすめします。保存や管理のためにエクセルでも構いませんが、思考を深めるためには、できれば「手書き」がよいのです。私の個人的な経験では、「手書き」すると、頭がフル回転して、いままで忘れていたような出来事や経験が、鮮明に蘇ってきたことが何度もあります。「ここに自分の歴史を書き出していくんだ!」という場所を決めてみましょう。
6-3 一人での内省に限界を感じたら、誰かと一緒に振り返る
しばらく続けていると、「自分のことを自分で褒めるのは苦手だ」「やっぱり自分の経験なんて大したことがない」と、行き詰まることがあるかもしれません。
自分にとって「当たり前」のことほど、自分ではその価値に気づきにくいものです。
そんなときは、一人で抱え込まず、信頼できる誰かと一緒に振り返ってみるのも一つの方法です。
言葉にして話すことで、新たな気づきが生まれます。相手からのフィードバックを通じて、自分では意識していなかった強みが浮かび上がってきます。
経験価値分析は、本来とても「対話的」なプロセスなのだと、私は考えています。
まとめ|遠回りに見える振り返りが、50代からのキャリアを支える
この記事でお伝えした内容をまとめます。
- 50代で強みが見えなくなるのは、「できて当たり前」の範囲が広がりすぎるから。
- 強みは、診断テストでわかる「タイプ」や「傾向」だけではなく、自分の経験からにじみ出る「価値」として捉え直すことが大切。
- そのための手法が「経験価値分析」であり、「壁」「理由」「行動」の3つの問いが核になる。
- 仕事だけでなく、プライベートも含めた人生全体を振り返ることで、自分らしさが立体的に見えてくる。
50代のビジネスパーソンの「強み」は、新しく資格を取ったり、流行りのスキルを身につけたりすることだけで生まれるものではありません。
あなたがこれまで歩いてきた道の中に、すでに多くの「経験価値」が宿っています。
今日ご紹介した3つの問いを手がかりに、一つだけで構いませんので、印象に残っている出来事を書き出してみてください。
その小さな一歩が、役職定年や転職、早期退職といった人生の分岐点で、後悔の少ない選択をするための揺るぎない土台になっていきます。
おわりに──もっとじっくり自分の経験価値を掘り下げてみたい方へ
この記事を読んで、
「一人でやってみたけれど、なかなか進まない」
「もっと深く、自分の原点や経験価値を言葉にしてみたい」
「分岐点の前に、一度じっくり自分のキャリアを見つめ直したい」
と感じられた方は、湘南キャリアデザイン研究所のお問い合わせにて声をお寄せください。
湘南キャリアデザイン研究所は、50代のビジネスパーソンの方々に、50代からのキャリアをより良くする「キャリアのリノベーション」に取り組んでいます。
ぜひ、湘南キャリアデザイン研究所のホームページをご訪問ください!