「このままでいいのか」
ふとした瞬間に胸をよぎる、そんな違和感。
長年勤め上げた会社での立場や役割の変化、役職定年という現実、あるいは早期退職制度の案内通知。
50代のビジネスパーソンが「転職」という選択肢を意識するきっかけは、このような、葛藤や不安、そして「自分のキャリアをここで終わらせたくない」という切実な想いから始まることが多いのではないでしょうか。
覚悟を決めて、転職活動に臨む。職務経歴書を書き上げ、ようやくたどり着いた面接の場。
そこで、担当者から投げかけられるのが、この一言です。
「失礼ですが、なぜ、今さら転職なんですか?」
あるいは、言葉を選びながらも、目は笑っていないこんな質問かもしれません。
「この年齢まで一社で勤め上げてこられたのに、なぜ今になって新しい環境をお求めになるのですか?」
本音を伝えたいけれども、その本音に蓋をして、見栄えのいい、優等生的な答えをしてしまう。思わず、言葉に詰まってしまう方も多いのではないでしょうか。
「本当は、会社の将来が不安だから」
「役職定年で給料が下がる前に、自分の市場価値を試したいから」
「正直、このまま飼い殺しにされるのが怖いから」
それらが偽らざる本音だとしても、面接の場でそのまま伝えれば「不採用」になることは、社会経験豊富なビジネスパーソンなら痛いほどわかっているはずです。
では、どのように対応すればいいのでしょうか。
建前を並べれば見透かされ、本音を言えば敬遠される。
このジレンマは、50代のビジネスパーソンにとっては、「問いに答えること」が難しいものです。この「なぜ今さら?」という問いに、どのようにあなたのキャリアの経験価値を伝えるか。その「言語化」が簡単ではないからです。
この記事では、面接におけるこの問いの意図を解き明かし、50代のビジネスパーソンが陥りがちなNG回答と、基本を押さえた対応を、具体的なフレームワークと事例で解説します。
小手先のテクニックではなく、50代からのキャリアをより良くし、あなたの経験を、未来に向けた価値として「言語化」するための、本質的な考え方をお伝えします。
第1章 なぜ会社は「なぜ今さら転職を?」と聞くのか
まず、相手を知ることから始めましょう。
なぜ会社は、これほどまでに理由に関する質問をするのでしょうか。
単なる意地悪でしょうか? それとも、最初から50代のビジネスパーソンを採用する気がないのでしょうか? 答えは「No」です。
会社が重視していることは、採用に伴う「リスク」の見極めです。人を一人採用することは、それに応じた収入が伴わなければ利益の減少を意味します。
人を採用することで、会社としての利益の最大化を実現しなければいけません。ゆえに、「リスク要因」は排除しなければならないのです。
1. 「環境変化に適応できるか」という懸念
50代のビジネスパーソンを採用するにあたり、会社が最も恐れるのは、「環境に対する適応不全」です。
「前の会社ではこうだった」「俺のやり方はこうだ」と、過去の成功体験ややり方に固執し、新しい組織の文化やシステム、あるいは年下の上司の指示を受け入れられないのではないか。
実際に仕事をともにしてみないとわからないことは、案外多いものです。面接という限られた時間で、人の全容を把握することは簡単ではありません。
「なぜ今さら?」という問いには、「あなたにとって、この転機が何を意図するものであるのか。50代からのキャリアで何を成し遂げたいと考えているのか」という確認の意味が込められています。
2. 「定着してくれるか」という懸念
長年勤めた会社を辞めるということは、それなりの「不満」があったはず。その不満の原因(人間関係、評価、任された職務など)が解消されなければ、新しい会社に入ってもまたすぐに「やっぱり違った」と辞めてしまうのではないか。
採用コストだけでなく、教育コストもかかる中、会社にとって「早期離職」や「職場への適合不全」は大きなリスクです。だからこそ、「なぜ今まで辞めなかったのに、今なのか」ということを確認する過程で、「不」の要因を探ろうとしているのです。採用する会社としての納得感の確認という意味です。
3. 「最後のキャリアとしての覚悟」の確認
50代のビジネスパーソンの転職は、多くの場合、ビジネスパーソンとしての「最後のキャリアステージ」選びとなります。
会社側としては、会社の利益につながる即戦力となる人材を確保しなければなりません。求人に応募してきた人物が、口先では耳障りのいいことを言っていたとしても、「わが社にとって、本当に貢献し得る人材であるのか。」を見極めなければいけないのです。ゆえに、「自分のキャリアの集大成として、この会社に貢献し、何を成し遂げたいのか」という本心を確かめる必要があります。
会社は、「当事者意識」と「貢献意欲」の総量を冷静に見極めたいのです。
「なぜ今さら?」は、会社があなたを否定する言葉ではありません。「あなたを採用することは、わが社にとってメリットがあるか。貢献してくれる可能性が高いのか。」「あなたは、リスクを抱えた人材ではないのか。」ということを、的確に確かめておきたいという切実な思いがその背後に存在しているのです。
ごく当たり前のことをお伝えしてきました。
「そんなこと、わかりきっている!」とお感じになったかもしれません。
しかし、これらのことを認識することなく、50代からのビジネスパーソンが「転職」を進めてしまう場合が多く見受けられます。
第2章 50代が陥りやすいNG回答パターン
会社の意図がわかったところで、次に「絶対にやってはいけない」NG回答の例をお伝えします。お伝えする例は、会社の「懸念」を増幅させ、「この人はリスク人材」と判断される典型的なパターンです。
NGパターン1:不満・愚痴に終始してしまう
- 「会社の将来性がなく、先行きが不安だった」
- 「上司が年下になり、正当な評価を受けられなくなった」
- 「若手ばかりが優遇される組織風土に嫌気がさした」
これらの回答は、
「何か気に入らないことがあれば同じように文句を言うだろう」「他人のせいにする(他責思考の)傾向がある」と判断されます。たとえそれが事実であったとしても、ネガティブな感情をそのままぶつけるのは、50代のビジネスパーソンとしての成熟さを疑われます。
ゆえに、これらのことを「転職」により解消しようとするならば、慎重になる必要があります。「転職」後に同じような状況と対峙したときに、「迷い」や「後悔」が増幅して自分に襲いかかってくるからです。
NGパターン2:曖昧な理想論で「なぜ今」が見えない
- 「もっと社会に貢献できる仕事がしたいと思いました」
- 「新しい分野にチャレンジして、自分を成長させたいです」
- 「御社の経営理念に触発され、そのような理念のもとで働きたいからです」
これらの回答は、
「なぜ今の会社ではできないのか?」「なぜ50代の今なのか?」という問いにまったく答えていません。「何が目的であるか、まったくわからない」「ゴールを示さないと動けないのではないか」「現実が見えていないのではないか」と評価されます。明らかに50代のビジネスパーソンが「転職」する理由として、具体性と戦略性が欠如しています。
NGパターン3:「条件・安定」を前面に出しすぎる
- 「役職定年で給与が下がる前に転職したかった」
- 「御社は経営が安定しており、定年後も長く働けそうだから」
これらの回答は、
会社の採用意欲を一気に冷めさせてしまいます。金銭的処遇は軽視できません。しかし、実績(貢献)をあげていないにもかかわらず、その貢献可能性を説得力をもって指し示さないならば、「空想」と受け取られかねません。
「会社を利用しようとしているだけ」「貢献する気概が感じられない」と受け取られます。
NGパターン4:過去の栄光(武勇伝)を語りすぎる
- (「なぜ今?」と聞かれているのに)「私はいくつもの〇〇プロジェクトのリーダーとして…」と長々と過去の実績を語り出す。
この回答は、
「質問の意図を理解していない」「過去のプライドが高く、扱いにくそうだ」と判断されます。面接官が知りたいのは「過去の栄光」ではなく、「今のあなたが、これから何をしてくれるか」です。
嘘みたいな本当の話
4つのパターンを見て、どうお感じになったでしょうか?
「こんな回答するなんてありえない」
「こんな回答がNGだなんて、当然でしょ」
こう感じられたことと思います。
しかし、このような回答と出くわすことは多々あるのです。
第3章 会社が本当に知りたい3つのポイント
会社が本当に知りたいポイントは、つぎの3点です。
- ① 自分の現状にかかわる課題認識の言語化:
「事実」として現職の状況(事業フェーズの変化、役割の変化など)を捉え、自分のキャリア観との間にどのようなズレが生じたのかを論理的に説明できるか。 - ② キャリア転換の契機やプロセスの妥当性:
社内での異動や配置転換などが契機であったとしても、その契機によって、キャリア転換が、説得力ある理由を論理的に説明できることです。 - ③ 未来の利益に向けた貢献可能性:
これまでの経験(過去)を活かし、応募先の会社(未来)で具体的にどのような貢献ができるのか。会社が採用後の貢献可能性を感じさせられるかです。
この3つがつながった時、「転職」は「逃避」ではなく、「必然的なキャリアの転換」として相手(会社)に伝わります。
第4章 説得力のある答え方の「フレームワーク」
ここで、私がおすすめする「フレームワーク」をご紹介します。
ポイントは、自分が携わった仕事にかかわる「ストーリーを語る」です。
【ステップ1】携わった職務を冷静に伝える
どのような立場、役割で仕事に携わったのか。仕事にあたったときのシチュエーションを掘り下げる。
たとえば、こんな感じです。
複数の部局をとりまとめ、総勢30人のプロジェクト推進の工程管理を任された。
【ステップ2】その職務にかかわる問題と課題が何であったかを伝える
仕事に携わったときに生じたトラブルはどのようなものであったか
たとえば、こんな感じです。
各部署の認識違いにより、納期直前に条例違反につながる事項が発見された。専門外のためみおとしてしまっていた。
【ステップ3】問題と課題に対して、自分がどのような行動をとったかを伝える
そのトラブルに対して、どのようなアクションをとったか
たとえば、こんな感じです。
条例の解釈を顧問弁護士を交えて検討、各部署と連携して最小限の手戻りに留めることができた。
【ステップ4】問題と課題に対して講じた行動によって、どのような結果を実現したか(実績)を伝える
アクションをとった結果、どのような成果(ゴール)を得たか(この成果は失敗でも成功でも構いません)
たとえば、こんな感じです。
結果的に当初納期から2週間工程が遅れたが、重大な条例違反を未然防止できた。
【ステップ5】ステップ1~4を通して得た経験の価値を伝える
仕事を通して得たことは何か
たとえば、こんな感じです。
仕事を進めるうえで、タスク遂行の認識合せの重要性と専門外であっても法令のほかに条例も俯瞰することが必要だということを学んだ。
第5章 なぜ「キャリアの棚卸し」が最強の備えなのか
先にお伝えしたフレームワークは、過去の自分の経験を、冷静かつ情熱をもって振り返ることで、より強化されます。「模範回答」を準備するのではなく、自分の経験価値を分析し、言語化するということです。そこには、「職務に携わっていた当時の喜怒哀楽が表現されるはずです。つまり、あなたの感情の動きが垣間見えるのです。その感情の動きが、相手の興味関心につながり、あなたの経験価値をより深く知りたいという思いに至ります。
このフレームワークをもとに言語化した自分の「経験価値」は、あなたの決して揺らぐことのない「価値観」です。
大切なことなので、繰り返しお伝えします。
「なぜ今さら?」という問いは、突き詰めれば「あなたのこれまでの人生(過去)と、これからの人生(未来)を、どうつなぐのですか?」という、あなたの「生き方の軸(価値観)」を確かめる「問い」だからです。
この「軸」さえ定まっていれば、どのような質問にも、ブレることなく自分の言葉で答えることができます。
実際に、「キャリアの棚卸し」を行うことで、揺るがない自信を手に入れた方々の事例をご紹介します。(湘南キャリアデザイン研究所「お客様の声」より)
事例1:「都落ちと思えた転職活動から、納得して選び取る転職へ」
Aさん(40代・大学発ベンチャー企業)
「当初、転職エージェントから転職先の会社を紹介された会社への転職に躊躇していました。紹介された会社は、神奈川県内のとある中小企業。小さくともグローバル展開している存在価値のある会社であったものの、なかなか踏み切れないでいました。そのせいで、私は「このまま会社にしがみついていて良いのか」という漠然とした不安と焦りを抱えていました。しかし、自分の歴史を振り返り、経験を価値に変える「経験価値分析」に深く取り組む中で、大きな気づきを得ました。「家族への想い」や「誠実さ」を大切にすることを決断しました。「軸」が明確になったことで、「単に条件の良い会社」ではなく、「自分の誠実さを活かせる役割」を自分の言葉で語れるようになり、迷いのないキャリア選択へと進めました。」
事例2:「『不』の経験を強みに変えた」A・Kさん
(50代・ITベンチャー企業)
「転職にあたり、大切にしたいこと、なるべくならば避けたいことを、過去の振り返りと現在のギャップを見つめ直すことができました。その結果、自分の経験や年収といった条件を大切にしつつ、自分の力を最大限生かせる仕事の環境条件を言語化できました。50代でしたから、不安を抱えた転職活動でしたが、言語化できたことで、乗り越えられました。」
あなたの物語を紡ぎ直す「簡易版・棚卸し」ステップ
「キャリアの棚卸し」において大切なことは、自分自身との対話です。
先ほどご紹介した「フレームワーク」のほかに、その概要を簡易的に把握できるステップをご紹介します。
- ステップ1:ビジネスパーソン(社会人)としての節目を書き出す
入社、異動、昇進、プロジェクト、降格など、事実としての「点」を時系列で書き出します。可能であれば、紙と鉛筆をもって、「手書き」することをおすすめします。 - ステップ2:その時の感情と行動を深掘りする
その時、何を感じたか(喜び、怒り、挫折感)。その壁をどう乗り越えたか。そこにあなたの「価値観」が隠れています。 - ステップ3:今の「違和感」を言語化する
今、何にモヤモヤしているのか。それは過去のどの経験や価値観とつながっているのか。
第7章 まとめ──「なぜ今さら?」を、あなたのストーリーの入口に変える
50代からのキャリアは「終わり」に向かう準備期間ではないと、私は考えます。今まで積み重ねてきた経験の価値を捉え直し(分析し)、新しい形で活かす「自分のキャリアをより良くする(キャリアのリノベーション)」のタイミングなのです。
「なぜ今さら転職を?」
この問いに堂々と答えられる人とは、自分の積み上げてきた経験を価値として伝え、その価値に基づいて新しい付加価値を会社に示せる人です。自分の価値を「未来への貢献」という希望の言葉で語れる人です。
経験を重ね、多くの艱難辛苦を乗り越えてきたあなただからこそ、この転職は、50代からのキャリアをより良くするための重要な転換期となるのです。
今日ご紹介した事例や「キャリアの棚卸し(簡易版)」が、あなたの50代からのキャリアをより良くすることにお役に立つとしたら、この上なく嬉しいです。
もし、ご自分の「キャリアの棚卸し」に関して、より深く知りたいとお感じになったなら、湘南キャリアデザイン研究所の「キャリア・リノベーション相談」にて、「社会人としての自分史スクリプトシート」をお申込みください。無料にて、後日メールでお送りします。
湘南キャリアデザイン研究所が、あなたの50代からのキャリアを未来へつなぐお手伝いができることを願っています。