50代で「やりがい」と「収入」どちらを取るべきか?賢い選択の考え方

「給与明細を見て、手が震えました。まさか、ここまで下がるとは……」

私の元には、このような切実な声が日々届きます。
役職定年、再雇用、あるいは50代での転職。そこで提示された年収は、全盛期の7割、時には半分近くまで落ち込むことも珍しくありません。

今まで家族のために、会社のために、歯を食いしばって働いてきた。
それなのに、この評価なのか。
私のやってきたことは、この程度の価値しかなかったのか。

そんなやるせない思いと同時に、心の中に重くのしかかるのが、「究極の選択」です。

「生活の水準を維持するために、面白くもない仕事でも我慢して高収入を維持すべきか?」
「それとも、収入は下がっても、残りの人生をかけて本当にやりたいことを選ぶべきか?」

収入か、やりがいか。
この二者択一の問いは、まるでハムレットの「生きるべきか、死ぬべきか」のように、50代の私たちの心をかき乱します。

もし、今あなたがこの問いの前で立ち止まり、眠れぬ夜を過ごしているのなら、まずお伝えしたいことがあります。
その「迷い」は、決して弱いから生まれるものではありません。
あなたがこれまでの人生を真剣に生き、家族を愛し、そして仕事に対して誇りを持っていたからこそ生まれる、尊い葛藤なのです。

しかし、この問いに「どちらか一方」を選んで答えるのは、あまりに苦しいものです。
どちらを選んでも、選ばなかった方への後悔が残るからです。

今日は、この二項対立の迷路から抜け出すための「第3の視点」についてお話しします。
それは、私が提唱する「キャリアのリノベーション」の核心であり、人生の後半戦を最高に輝かせるための思考法です。

キーワードは、「終活」です。
「誰に、何を託し、何を残すか」。
この視点を持つことで、あなたの迷いは「納得のいく決断」へと変わります。

なぜ私たちは「収入」と「やりがい」の間で揺れ動くのか

そもそも、なぜ50代になると、これほどまでに「収入」と「やりがい」のバランスが崩れ、私たちは悩むことになるのでしょうか。
まずは、その背景にある「構造」と「心理」を冷静に紐解いてみましょう。

50代を襲う「市場価値」と「自己評価」のギャップ

一つ目は、日本の雇用慣行における構造的な問題です。
厚生労働省の賃金構造基本統計調査などを見ても明らかなように、日本の賃金カーブは50代半ばをピークに下降線をたどります。これは、個人の能力の低下だけが原因ではなく、日本型雇用システムにおける「役割の変化」や「人件費調整」という意味合いが強く含まれています。

しかし、私たちは長年、「給料の額=自分の価値」という物差しで評価される世界で生きてきました。
「稼いでいる人間が偉い」「役職が高い人間が優れている」。
そんな「外側の物差し」が骨の髄まで染み込んでいる世代といっても過言ではありません。

だからこそ、システム上の給与ダウンであっても、それを「自分という人間の否定」として受け取ってしまうのです。
「俺の価値はこんなものじゃない」というプライドと、「でも現実はこうだ」という無力感。このギャップが、強烈なストレスとなって襲いかかります。

ロスタイム(人生の後半戦)に入ったからこその焦り

二つ目は、時間に対する感覚の変化です。
私は常々、「人生の後半戦はサッカーのロスタイムのようなものだ」と申し上げています。
ロスタイムは、決して消化試合ではありません。勝敗が決する、一番熱い時間です。しかし同時に、それは「終わりの笛」が近づいていることを告げる時間でもあります。

20代や30代の頃は、多少つまらない仕事でも「これも修業だ」「将来のためだ」と割り切ることができました。時間は無限にあるように思えたからです。
しかし、50代の私たちは知っています。自分に残された、現役として輝ける時間が、そう長くはないことを。

「このまま、生活のためだけに時間を切り売りして終わっていいのか?」
「自分の人生には、もっと別の意味があるのではないか?」

この魂の叫びとも言える焦燥感が、「やりがい」への渇望となって現れます。
お金も大事。でも、心の充実も諦めたくない。
この二つの願いが、ロスタイムという限られた時間の中で激しく火花を散らしている。それが、あなたの悩みの正体なのです。

「収入」を「終活視点」で捉え直す

では、どうすればこの葛藤を乗り越えられるのでしょうか。
まず向き合うべきは、現実的な「お金」の問題です。

私はキャリアの専門家として、「やりがいさえあれば、貧しくても幸せだ」などという無責任な綺麗事は申し上げません。
50代にとって、収入は「生活防衛」の要であり、自分と家族を守るための「盾」です。

しかし、ただ漠然と「年収が下がるのは不安だ」「少しでも多く稼がなきゃ」と思考停止に陥るのは危険です。その「得体の知れない不安」こそが、あなたから冷静な判断力を奪うからです。

ここで、「ファイナンス面の終活」という考え方を取り入れてみましょう。

収入とは「家族への愛」であり「責任」である

「終活」というと、自分の死後の準備と思われるかもしれませんが、私の定義は違います。
終活とは、「誰に、何を託し、何を残すか」を決めることです。

これをお金に当てはめて考えてみてください。
あなたは、誰に、何を残したいですか?

  • 「妻(夫)には、お金の心配をせず、穏やかな老後を過ごしてほしい(残したい)」
  • 「子供には、奨学金の返済などの負債を残さず、少しの結婚資金を援助してやりたい(託したい)」
  • 「高齢の親の介護費用だけは、自分でなんとかしたい(責任)」

このように考えると、収入とは単なる数字ではなく、「愛する人への責任」や「思いやり」を形にするための手段であると再定義できます。
「稼がなきゃいけない」という義務感ではなく、「守りたいものがあるから、これだけは必要だ」という能動的な意思に変わるのです。

漠然とした「不安」を「必要額」という数値に変える

目的(誰に何を残すか)が明確になれば、必要な金額も具体的になります。
ファイナンシャルプランナーのような視点で、電卓を叩いてみてください。

  • 現在の貯蓄額はいくらか。
  • 退職金はどれくらい見込めるか。
  • 年金の受給予想額は。
  • 子供の独立までにかかる教育費はあと少しか。
  • 夫婦二人が、最低限幸せに暮らすための月々の生活費(ミニマム・ライフコスト)はいくらか。
  • 上記の「残したいもの」を実現するために、今から毎月いくら積み立てる必要があるか。
[cite_start]

これらを積み上げると、「絶対に割り込んではいけない年収のライン(ボトムライン)」が見えてきます [cite: 1]。

「年収800万ないと不安だ」と思っていたけれど、計算してみたら「実は500万あれば、妻と二人で十分に趣味を楽しみながら暮らせるし、将来への積立もできる」と判明することもあります。
あるいは逆に、「今はまだ教育費がかかるし、妻に旅行資金も残したいから、あと3年は今の年収700万を死守しなければならない」と判明するかもしれません。

これが「ファイナンス面の終活」です。
「もっと欲しい」という欲望の計算ではなく、「何を守り、何を残すか」という責任の計算。
この「必要額(ボトムライン)」が明確になった瞬間、あなたの悩みから「漠然とした不安」という霧が晴れます。
まずは、この「足場」を固めることが、賢い選択への第一歩です。

「やりがい」の正体とは? 自己満足を超えて

足場(必要なお金)が見えたら、次はいよいよ「やりがい」について考えます。
多くの人がここで躓くのは、「やりがい=自分が楽しいこと、好きなこと」という若手時代の定義のまま、50代を迎えてしまっているからです。

断言します。50代からのやりがいは、「自分の楽しさ」だけでは満たされません。
なぜなら、人は成熟すればするほど、「自分のため」だけではなく、「他者のため」「次世代のため」に何かを為すことに喜びを感じる生き物だからです。

50代からのやりがいは「誰に何を託すか」にある

私は、50代のビジネスパーソンにとっての「やりがい」を、こう定義しています。

「やりがいとは、自分の歴史(経験)を通じて培った価値を、次世代に『託す』ことである」

これまでの30年近いキャリアの中で、あなたは多くの成功と、それ以上の失敗を経験してきたはずです。
理不尽な異動、プロジェクトの頓挫、部下との衝突、そしてそれを乗り越えた工夫。
その一つひとつが、あなただけの「経験価値」です。

その経験を使って、誰かの役に立つこと。
若い部下の成長を支えること。
顧客の困りごとを、熟練の技で解決してあげること。
あるいは、社会的な課題に対して、自分の知見を提供すること。

自分が主役になってスポットライトを浴びることではなく、「自分の経験をバトンとして渡し、誰かの未来を照らすこと」
これこそが、50代が感じるべき、深く、静かで、揺るぎない「やりがい」の正体です。
それは、「楽しかった」という一過性の感情ではなく、「自分はこのために仕事をしてきたのだ」という「生きる意味(レガシー)」の手応えです。

自分史から「価値観の源泉」を掘り起こす

では、自分は具体的に「誰に」「何を」託したいのか。
それを見つけるためには、あなたの過去を振り返る「自分史」の作成が不可欠です。

過去のキャリアの中で、
「損得抜きで夢中になれた仕事」は何でしたか?
「誰かに感謝されて、涙が出るほど嬉しかった言葉」は何でしたか?
逆に、「これだけは許せない」と憤りを感じた出来事は何でしたか?

そのエピソードの中に、あなたの「価値観の源泉」が眠っています。
「誠実さ」を何より大切にする人。「挑戦」に喜びを感じる人。「調和」を重んじる人。
その「譲れない価値観」こそが、あなたが次世代に託すべきメッセージであり、これからの仕事選びの「羅針盤」となるのです。

賢い選択をするための「3つのステップ」

ここまでで、「収入(守るべき責任)」と「やりがい(託すべき価値観)」の二つの要素が出揃いました。
いよいよ、これらを統合して、あなただけの「賢い選択」を導き出す3つのステップをご紹介します。

ステップ1:ファイナンスの「絶対防衛ライン」を引く

まずは現実の直視です。先ほどの「ファイナンスの終活」で弾き出した「必要額(未来への積立を含む)」を、あなたのキャリア選択の「前提条件」として設定します。
「家族を守るためには、最低でも年収〇〇万円が必要だ」。
このラインは、決して譲ってはいけません。これは妥協ではなく、大人の責任です。

ステップ2:精神的な「譲れないライン」を引く(※重要)

次に、自分史から導き出した「価値観」を元に、仕事選びの軸を定めます。
しかし、ここで一つ、非常に重要な注意点があります。

それは、「自分の価値観を大切にすること」と「過去の自分に固執すること」を混同してはいけない、ということです。

以前、「ついてこない部下」についての記事でも書きましたが、50代が最も陥りやすい罠は、「俺は昔、部長だった」「俺のやり方が正しい」と、過去の栄光や自分の流儀に固執してしまうことです。
これは「価値観」ではありません。単なる「執着」です。

自分史で見つけた価値観は、あくまで「羅針盤(進むべき方向)」であり、「錨(その場に留まるための重り)」にしてはいけません。
「誠実でありたい」という価値観は大切にすべきですが、「俺はこのやり方しか認めない」と頑固になってしまえば、あなたの市場価値は暴落し、選択肢は極端に狭まります。

社会や市場は常に変化しています。
大切なのは、自分の芯(価値観)は保ちつつ、表現方法や関わり方は柔軟に変えていく「しなやかさ」です。
「昔はプレイヤーとしてガンガン稼ぐことが価値だったが、今は若手をサポートすることに価値を見出そう」。
このように、価値観を今の環境に合わせてリノベーション(再定義)できる人だけが、理想の仕事に出会うことができます。

ステップ3:自分だけの「納得解」を決める

「必要額」と「柔軟な価値観」。この二つを重ね合わせた時、あなたの進むべき道は自然と絞り込まれます。
大きく分けて、二つの「賢い選択」のパターンがあります。

【パターンA:収入優先の選択】
計算の結果、まだ教育費などで高い年収が必要だとわかった場合。
この場合は、「今の自分にとっての最大のやりがい(託すこと)は、家族に安心な生活基盤を残すことだ」と腹を括り、あえて収入重視の仕事(たとえ業務内容がつまらなくても)を選びます。

これは「やりがいを捨てた」のではありません。
家族を守るために、泥臭くても懸命に働く。
その「責任感ある背中」を見せることこそが、次世代(子供)に託せる最大の「経験価値」であると定義するのです。
その誇りがあれば、どんな仕事も「意味のある仕事」に変わります。

【パターンB:やりがい優先の選択】
計算の結果、必要額はそれほど高くないことがわかった場合。
この場合は、年収が半分になっても、「自分の経験を次世代に伝える」「社会貢献に繋がる」といった、本来の価値観を満たす仕事に舵を切ります。

周囲からは「もったいない」と言われるかもしれません。しかし、あなたの中には「終活」の視点があり、「これが自分の残したい生き様だ」という確信があるため、他人の雑音は気にならなくなります。

どちらを選んでも構いません。
重要なのは、それが世間体や見栄ではなく、「自分で計算し、自分で振り返り、自分で決めた」選択であるということです。
自分軸で選んだ道であれば、どんな困難があっても、私たちは納得して歩み続けることができます。

迷いこそが「新しい自分」への扉

50代で「収入か、やりがいか」と悩むことは、苦しいことです。
しかし、その苦しみから逃げずに、「終活」と「自分史」という視点を持って正面から向き合えば、必ず答えは見つかります。

もし、一人で計算するのが怖かったり、自分の過去を振り返っても「価値観」がうまく言葉にできなかったりする時は、私たち湘南キャリアデザイン研究所を頼ってください。
私たちは、あなたのキャリアの「損得」を弾く計算機ではありません。あなたの人生の「物語」を一緒に読み解き、絡まった糸をほぐす伴走者です。

「ロスタイムが一番熱い時間」。
私が敬愛するアーティストの言葉です。

迷っている時間こそが、あなたが人生で一番熱く、真剣に自分と向き合っている証拠です。
その熱量があれば、必ずあなたのキャリアはリノベーションできます。

さあ、お金のためだけでもなく、独りよがりの夢のためでもない。
「誰に何を託すか」という、あなただけの答えを探しに行きましょう。
あなたの人生の後半戦が、心からの納得と誇りに満ちたものになることを、私は確信しています。

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