かつて手塩にかけて育てた後輩たちが、自分を飛び越えて仕事を進めている。
飲み会の席で、ふと気づくと会話の輪から外れ、一人手酌でグラスを傾けている。
日常に散りばめられた、こんな小さな棘(とげ)が、知らず知らずのうちに心を蝕んでいく。「自分はもう、この場所で必要とされていないのではないか」。その疑念は、夜、一人になると、得体の知れない不安となって胸に迫ります。
このような不安を抱えた50代のビジネスパーソンの多くが、このような誰にも言えない痛みを抱えながら、日々を戦っています。
しかし、この痛みを正直に認めるのは、あまりにも難しい。
なぜなら、私たちは長い間、「他人の期待に応えること」を自らの価値の証明として、キャリアを築いてきたからです。
昇進も、高い評価も、上司や顧客からの信頼も――。そのすべては、他者が与えてくれるものでした。その期待に応えるために歯を食いしばり、時には自分を偽ってでも走り続けてきたからこそ、今の自分がある。
心の奥底では、とうに気づいているはずです。
「自分は、他人の物差しの上で生きてきたのではないか」と。
しかし、その事実を認めることは、まるで自分の人生そのものを否定するようで、あまりに「かっこ悪い」。だから、見て見ぬふりをする。
それでも、心は葛藤し続けます。
この息苦しさから、なんとか抜け出したい。
藁にもすがる思いで、自己啓発本を読み漁り、高額なセミナーにも参加する。「これさえやれば、あなたも変われる」という甘い言葉に、何度期待し、そして裏切られてきたことでしょう。
なぜ、何をやっても空虚で、すぐに元に戻ってしまうのか。
答えはあまりにシンプルです。短期的なテクニックに頼っても、あなたを縛り付けている「評価の軸」そのものが、変わり切れていないからです。 表面的な薬では、一時的に痛みは和らいでも、病の根は深いところで進行し続けます。
では、どうすればいいのか。
本当に必要なのは、対症療法ではありません。「軸」そのものを創り直すことです。
これまであなたを支えてきた「他者評価」という一本の柱。それに加えて、「自分の価値観」という、もう一本の揺ぎない柱を、あなたの内側に打ち立てること。
この術は、一朝一夕には身につきません。それは、毎日素振りをする野球選手や、地道な基礎練習を繰り返す音楽家と同じ、「鍛錬」です。
しかし、その先に待っているのは、誰にも奪われることのない、深く、静かで、そして本物の自信です。
「ゆっくり、いそげ」
これは、私が大切にしている言葉です。焦らず、しかし着実に、あなた自身の人生を取り戻していく。そのための具体的な道筋を、これからお話しします。
1. なぜ「軽んじられている自分」と感じてしまうのか
① 役割の喪失がもたらすアイデンティティの危機
日本の企業社会において、私たちのアイデンティティは長らく「課長」「部長」といった会社から与えられた「役割=役職」と分かちがたく結びついていました。その椅子に座り、責任を果たすことが、自己肯定感の源泉だったのです。
しかし、役職定年などでその椅子が取り払われた瞬間、私たちは「何者でもない自分」と向き合うことになり、拠所を失ってしまいます。
② 他者評価に応え続けてきたキャリアの功罪
ここで、絶対に誤解しないでいただきたいことがあります。
「他者評価に依存してきたこと」は、決して間違いでも、弱さでもないということです。
何を隠そう、私自身がそうでした。人事という仕事柄、常に組織の期待に応えることが使命でした。時には自分の感情を押し殺してでも「人のやりたがらない仕事」を完遂させる。そこで「よくやった」と評価されることこそが、プロとしての自分の存在価値だと信じてきました。
評価に背中を押され、無理をしてでも成果を出す。誰かの期待に応えようと奮い立ったからこそ、成長できた。この事実まで否定してしまえば、私たちのこれまでの人生が、あまりにも虚しいものになってしまいます。
問題は、ただ一点。
前半戦で最強の武器だった「他者評価」が、後半戦ではあなたを縛り付ける「重い足かせ」に変わってしまう可能性が高いという、キャリアのパラドックスです。多くの50代が直面しているのは、この残酷な現実なのです。
2. 「リビルド」ではなく、「リノベーション」の価値
「もう一度、勝負するしかない」
役職定年やキャリアの停滞を感じるときに、転職、独立、起業といった「リビルド(建て替え)」に活路を見出そうとする方は少なくありません。
しかし、その勇気ある一歩が、必ずしも停滞感の解消に繋がらない現実を、私は嫌というほど見てきました。そして、何を隠そう、私自身がこの「リビルドの罠」に深くはまった一人なのです。
環境さえ変えれば、新しい自分になれるはずだ。そう信じて転職した先で私を待っていたのは、結局「新しい上司に、どうすれば気に入られるか」を考えている、何も変わらない自分でした。その事実に気づいた時の愕然とした気持ちを、今でも忘れることはできません。
理由は、火を見るより明らかです。
長年、他者評価を燃料にして走ってきたエンジンは、新しい場所に移っても、同じ燃料を求め続けます。
- 転職した先でも「新しい上司に認められなければ」
- 独立しても「クライアントから評価されなければ」
- 起業しても「市場からNOを突きつけられたら終わりだ」
結局、評価の軸を他人に委ねている限り、私たちは永遠に、他人の視線という檻の中から抜け出すことはできないのです。
だからこそ、ただ場所を変えるだけの「リビルド」ではなく、自分の内側に、新しいエネルギー源、すなわち「自分の価値観」という軸を創り出す『リノベーション』が、今、あなたに必要なのです。
関連記事:こちらからご確認ください。
3. あなたの内なる羅針盤、「価値観」をどう見つけるか
「『価値観』などという、目に見えないフワフワしたものを、今さら見つけられるわけがない」
「意識高い系の人が口にする、ただの綺麗事だろう?」
そう思うあなたの気持ち、痛いほどよくわかります。かつての私が、そうでしたから。
しかし、ここで一つ、あなたに知ってほしい事実があります。
価値観とは、どこか遠くにある立派なものを「探しにいく」のではありません。それは、あなたの心の中に、すでに「在る」ものなのです。
ただ、これまで誰も、その見つけ方を知らなかった。それだけのことです。
私たちは、実は無意識のうちに、毎日、この価値観という名の「自分だけの物差し」を使って、何かを選び、何かを決めています。
例えば、
会議で、あえて空気を読まずに反対意見を言ったことはありませんか?
部下の明らかな失敗を、なぜか強く叱れず、一緒に頭を下げたことはありませんか?
その選択の裏には、必ず「こうありたい」という、あなたの魂の微かな声が隠れています。それこそが、価値観の正体です。
どうすれば、価値観は「見える化」できるのか
では、どうすればその声をはっきりと聴き、見える化できるのか。
方法は、驚くほどシンプルです。
あなたの「過去」という歴史のなかに、その原点が宿っているからです。
- あなたが心の底から喜びを感じたのは、どんな瞬間でしたか?
- 理不尽な思いをしてまで、守り抜きたかったものは何でしたか?
- 他人に笑われようとも、どうしても譲れなかった信念は何でしたか?
私自身が自分の価値観と向き合った契機は、皮肉にも、不本意な異動を命じられてキャリアのどん底を感じた時、自分の意思でキャリアの分岐点を決断したものの想定通りにいかなかった時、親との死別や実家じまいという、人生で辛い現実と直面したときでした。その暗闇の中で「自分がこうありたい」と実感したこの中に会社の評価とは関係もない、私という人間の「原石」があることを再確認したのです。
この「原石」に触れた瞬間、他人の物差しで測られることよりも、自分が自分の物差しで測ることで、自分の足で立っていける感覚を手に入れられました。
終活を「誰に何を残し、誰に何を託すか」という視点で捉え、自分の歴史を丁寧に振り返ることを通して、自分の価値観が明らかになったのです。
4. 実践ステップ(その1):「終活」という、自分の原石との対話
終活とは、死への準備ではありません。
それは、ヒト、モノ、コト、カネを「誰に何を残し、誰に何を託すか」という視点と、誰もが逃れることのできない「死」から逆算して、自分の人生をデザインしていく(整えていく)、とても前向きな活動です。自分が何を大切に生きてきたか、これから何を大切に生きていきたいか。自分の内なる声に深く耳を澄ませ、自分の原石を見つめ直す前向きな活動」です。
▼今日からできる、内なる対話
- 誰にも邪魔されない静かな時間を10分だけ確保してください。
- つぎの問いに、あなたの心の声を紙に書き出してみてください。
「人生の最期に、たった一人に手紙を残すとしたら、誰に、どんな言葉を伝えますか?」 - 書き終えたら、その言葉を、「誰に何を残し、誰に何を託すか」という視点でかみしめてみてください。
そこに現れた言葉こそ、あなたが何を守り、何を愛し、何を大切にして生きてきたのか、その紛れもない証です。
これを一度で終わらせず、繰り返し行うことで、あなたの価値観は少しずつ、しかし確実に、その輪郭を現してきます。
関連記事:こちらからご確認ください。
5. 実践ステップ(その2):「自分の歴史」という、資産の棚卸し
50代のキャリアが持つ最大の武器は、積み重ねてきた「経験の厚み」です。
成功も、そして特に、挫折や失敗のすべてが、あなたの資産です。
▼今日からできる、資産の棚卸し
- ノートに「成功したこと」「挫折したこと」「忘れられない出来事」の3つの欄を作ります。
- 思い出すままに、それぞれのエピソードを紙に書き出してみてください。
- 特に「挫折したこと」の欄を、じっくりと眺めてください。
自分が誇りに感じたこと、ゼロから立ち上げた仕事、不本意な異動、社内でのコンフリクト、売れない商品の担当…。
紙にに書き出された「成功」「プライド」「挫折」「悔しさ」といった喜怒哀楽の一つhydroxylが、50代からのあなたのキャリアを支える強固な土台なのです。
しかし、この活動には、時間を要します。そして、すぐに効果は出ないかもしれません。それでも、、この鍛錬に近しい活動を積み重ねることで、紙に書き出したことを見返した時、そこにブレない「あなたの軸」が、力強く立ち上がっていることに気づくはずです。
6. あなたは、あなたの物語の「主人公」に還る
湘南キャリアデザイン研究所が提唱する「終活」と「自分史」という二つの鍛錬を通じて、あなたは「他者評価」という心許ない一本の柱に、「自分の価値観」というもう一本の強固な柱を加え、キャリアの構造そのものをリノベーションすることができます。
あなたが自律的に、自分の人生を、自分の手で描き、整えることで、より豊かに生きるための、最高のターニングポイントであるというサインなのです。
もし、この自分と向き合うことを一人で進める中で、客観的な視点や対話の相手、いわば「伴走者」が必要だと感じた時には、湘南キャリアデザイン研究所の存在を思い出していただけたら、嬉しく思います。
私は、30年以上にわたる人事のプロとして、そして同じようにキャリアに悩み抜いた50代の一人として、あなたの言葉に真摯に耳を傾け、対話を通じてご自身の答えを見つけるためのお手伝いをします。
まずは、「キャリア・リノベーション相談」という場で、あなたの今の率直な気持ちをお聞かせいただくことから始めてみませんか。
漠然とした不安、誰にも言えない本音、どんなことでも構いません。ご自分の思いを、誰かに話すことで、自分の思いが整理できることもありますから。
あなたの50代からの人生が、より豊かで、あなたらしいものになることを心から願っています。
まとめ:人生の後半戦は、「ゆっくり、いそげ」
- 他人軸で生きてきたことは「弱さ」ではなく「前半戦の武器」だった。
- しかし後半戦では、その武器があなたを縛る「足かせ」になる。
- だからこそ、自分の価値観という柱を加える「リノベーション」が必要。
- 「終活」と「自分の歴史」は、そのための具体的な鍛錬法。
- 効果はすぐには出ない。しかし、その先に本物の自由が待っている。
「ゆっくり、いそげ」。
焦らず、しかし着実に、あなた自身の人生を取り戻していく。
その誇りある一歩を踏み出すお手伝いができたなら、これに勝る喜びはありません。
関連記事:こちらからご確認ください。
▼まずはお気軽にご相談ください
キャリア・リノベーション相談(初回無料)の詳細はこちら
▼提供しているサービスについて
サービス内容の詳細はこちら