役職定年、早期退職…「早く決めないと」と焦っていませんか?
50代を迎え、キャリアの大きな分岐点に立っているあなたへ。
「役職定年が目前に迫ってきた」
「早期退職の募集が始まったが、どう判断すべきか」
「このまま定年まで“やり過ごす”だけで、本当にいいのだろうか」
こうした現実を前に、「早く次の道を決めなければ」「何か行動を起こさないと手遅れになる」と、心が焦(あせ)りで占められてはいないでしょうか。
ビジネスパーソンとして、これからのキャリアと向き合うことは、簡単ではありません。役職定年、早期退職は、誤解を恐れずに言うと、自分のキャリアの強制リセットです。規則だから仕方ないと割り切るには、大きすぎるキャリアの転換です。ゆえに、漠然とした不安や焦燥感に駆られるのは当然のことです。
「理屈はわかるが、そんなに簡単な話ではない」
「家族のこともある、生活のこともある」
そうした本音もあるでしょう。
しかし、もしその「焦り」や「不安」が、あなたの未来を豊かにする最も大切な「何か」を見えにくくしているとしたら、どうでしょうか。
キャリアプランとは「自分のキャリアを計画的にデザインする」ものと考えている方も多いのではないでしょうか。あたかも、「A地点からB地点まで、最短距離で到達するための地図」を描く(デザイン)するように。
ですが、もし「キャリアとは、地図のない旅そのものである」としたら、50代からのキャリアの見え方が変わってくるのではないでしょうか。
この記事では、まさにそうした50代のビジネスパーソンにこそ知ってほしい、キャリア理論の大家であるスタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が提唱した「計画的偶発性理論(Planned Happenstance Theory)」について、深く掘り下げてお伝えします。
予測不能な時代を生き抜くために、自らの手で「偶然」を引き寄せ、それを「必然」のキャリアへと変えていくための、極めて主体的で、戦略的な理論なのです。
あなたのキャリアの8割は「偶然」でできている
「計画的偶発性理論」と聞くと、何やら難しい学術用語のように感じられるかもしれません。ですが、その本質は非常にシンプルであると、私は認識しています。
クランボルツ教授は、ある調査(※)において衝撃的な事実を発見しました。
それは、「ビジネスパーソンのキャリアの8割は、本人も予期しなかった偶然の出来事によって決定されている」というものです。
ここで、ご自分のこれまでのキャリアを振り返ってみてください。
- 現在の会社に入社したきっかけは、本当に計画通りだったでしょうか。
- 最もやりがいを感じたプロジェクトは、当初から希望していたものだったでしょうか。
- あなたのキャリアに大きな影響を与えた上司や同僚との出会いは、狙って得たものだったでしょうか。
「たまたま書店で手に取った本に感銘を受けて、この業界を志した」
「希望とは違う部署に配属されたが、そこで出会った上司に鍛えられた経験が、今の自分の土台になっている」
「コンペで大失敗した。しかし、その悔しさから猛勉強したことが、専門家として認められるきっかけになった」
いかがでしょうか。
「あの時、ああなっていなければ、今の自分はない」——。
そう思える経験の一つや二つ、必ずお持ちではないですか?
私たちはつい、キャリアを目標から逆算して計画的に築き上げていきたい、と考えがちです。しかし現実には、無数の「偶然」が複雑に絡み合い、その都度の選択と行動が積み重なって、現在の自分自身を形作っています。
クランボルツ教授が提唱した理論の画期的な点は、この「偶然」を、単なる「運」として受け身で待つのではなく、「意図的に生み出し、キャリアの機会として最大限に活用していくべきだ」と明確に定義したことにあります。
偶然をチャンスに変えるための「5つの行動指針」
では、どうすれば「偶然」を意図的に引き寄せ、キャリアのチャンスに変えることができるのでしょうか。
クランボルツ教授は、そのために必要な行動指針として、以下の5つを挙げています。これらは、キャリア理論の専門家として、私が最も重要視している考え方でもあります。
- 1. 好奇心(Curiosity)
新しい学びの機会を積極的に探求し続けること。「これは自分の専門外だ」と決めつけず、常にアンテナを張り、未知の分野にも面白さを見出そうとする姿勢です。 - 2. 持続性(Persistence)
困難や失敗に直面しても、粘り強く努力を続けること。うまくいかない時こそ「ロスタイムが一番熱い時間」と捉え、最後まで力を尽くす。そのプロセス自体が、次の新しい「偶然」の種となります。 - 3. 楽観性(Optimism)
あらゆる出来事を「なんとかなる」と前向きに捉え、新しい機会として見なすこと。一見ネガティブに見える出来事(例えば、役職定年や不本意な異動)のなかにも、必ずポジティブな側面や学びがあると信じる力です。 - 4. 柔軟性(Flexibility)
状況や環境の変化を受け入れ、自分の考えやこだわりを柔軟に変えていくこと。「こうあるべきだ」という硬直した考えを手放し、新しい役割ややり方を受け入れるしなやかさが、予期せぬ出会いを生みます。 - 5. 冒険心(Risk-Taking)
結果がどうなるか不確実であっても、行動を起こしてみる勇気。もちろん、無謀な賭けに出ることではありません。「失敗するかもしれないが、まずは一歩踏み出してみよう」という、小さな挑戦の積み重ねです。
これらの5つの行動指針を意識して日々を過ごすことで、人との出会いや、得られる情報の質が変わり、予期せぬ「偶然」が起こる確率が格段に高まります。
そして、いざ「偶然」が訪れた時、それをただ見過ごすのではなく、「これはチャンスかもしれない」と掴み取ることができるようになるのです。
つまり。「経験」が自分の「価値」に昇華するということです。
私は、つぎのように考えています。
- 仮に過去の出来事がその当時のじぶんにとって苦い経験であったとしても
- それと自分が対峙するときに、この5つの視点がうまく連動していたことが確認できると
- その経験が自分のキャリアにプラスの影響を与えて「今」があるということ
- 自分の言葉で深く理解することができ、
- 自分のキャリアのパターンをじぶんの言葉で語ることができるようになり
- 過去→今をつなげて、将来を予測するチカラが備わり
- 将来につながる行動が見えてき
- 自分のキャリアがより豊かに形成される
過去の出来事において、5つの視点の何かが足りていなかったとしても、それを把握することで、これからの対処の方法を考えることにつながります。足りていない視点について、それを今後のじぶんのキャリアを展望する時に意識することで、豊かなキャリア形成につながり、50代からのキャリアの再設計につながるからです。
【事例】「自分がこう生きよう」と決めると、偶然は必然に変わる
私は以前、NHKのドキュメンタリー番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」で『成功率95% 家電修理の達人』として取り上げられた今井 和美さんの言葉に深く感銘を受けたことがあります。
今井さんは番組の中で、こう語っていました。
(以下、番組で語られていたことを反訳して引用し、記載させていただきます。なお、矢印以下の記述は、私が追記したものです。)
今井さん:「自分がこう生きよう」と決めて、それのことばっかり思っていると、そのようになっていくもんです。(扇の解釈) 持続性、冒険心(リスクテイク)
今井さん:「こういう風にしよう」と思っていたら、そればっかりに興味をもっていくと、やっぱりできていくもんなんですよ。(扇の解釈) 好奇心、柔軟性
今井さん:だから、自分のやりたいと思うことを1つや2つの失敗で諦めずに、ずっとやっていったら、何十年もやっていったら、大体ものになる。(扇の解K釈) 柔軟性、楽観性、冒険心(リスクテイク)
今井さん:諦めずにずっとやっていけば、「なんとなるもんだ」と思いますよ。(扇の解釈) 好奇心、持続性、楽観性
いかがでしょうか。
今井さんがご自分のキャリアを総括してお話しされたことの中に、見事に、計画的偶発性理論の5つの視点を見出すことができることをお分かりいただけると思います。
これらの言葉は、まさに「計画的偶発性理論」の核心を突いています。
「自分がこう生きよう」と決めること。
これは、キャリアの最終ゴールを固定することではありません。むしろ、自分が大切にしたい「生き方」や「あり方」(=価値観)を定めることです。
そして、「それのことばっかり思っている」という状態。
これは、クランボルツ教授の言う「持続性(Persistence)」や「楽観性(Optimism)」そのものです。自分の軸(価値観)を持ち続けることで、日々の行動や選択が、自然とその軸に沿ったものになっていきます。
そうすると、不思議なことに、必要な人や情報が「偶然」引き寄せられてくる。そして、その偶然は、もはや単なる偶然ではなく、「自分がこう生きよう」と決めた道筋における「必然」の出会いや出来事として、意味づけられていくのです。
スティーブ・ジョブズが語った「点と点(Connecting the dots)」の話にも通じます。
一見、バラバラに見える経験(点)も、後から振り返れば、すべてが一本の線として繋がっていたことに気づく。
その「点」がキャリアの分岐点となり、たとえ当時は苦しい経験であったとしても、5つの行動指針(好奇心、持続性、楽観性、柔軟性、冒険心)を持って対峙したことが確認できれば、その経験が今の自分を支える力になっていると、深く理解できるのです。
人は、キャリアの分岐点に立っていると、「じぶんが何に迷っているのか」が見えなくなります。そういうときは、等身大のじぶんを一から分解して、迷いの原因を探るというプロセスが極めて重要になります。 じぶんの過去の経験、キャリアの分岐点を、少しづつ、すこしづつ、一つひとつ、丁寧に振り返り、今の立ち位置を確認し、将来(50代のキャリアの転換期後のありたい姿)を描き、小さくてもいいから歩みを始める(行動する)ということで、迷いから抜け出すことができます。誰もが、本気になれば、じぶんのキャリアを人任せにするのではなく、主体的かつ自律的に築いていくことができると、私は信じています。
なぜ、50代の今こそ「計画的偶発性理論」が必要なのか
ここで、最初の問いに戻りましょう。
なぜ、役職定年や早期退職を前にした50代の今こそ、この「計画的偶発性理論」が必要なのでしょうか。
1. 「計画通り」のキャリアが通用しなくなったから
50代は、これまでの会社人生でよすがとしてきた「計画」が、良くも悪くも通用しなくなる時期だからです。
役職定年、立場の変化、会社からの期待役割の変化——。
これらは、一見すると「キャリアの終わり」や「ネガティブな転機」のように感じられるかもしれません。
しかし、「計画的偶発性理論」の視点に立てば、これは「決められた計画」から解放され、新しい「偶然」に出会うための絶好の「始まり(転機)」と捉え直すことができます。
2. 50代には「偶然」を活かす「経験」があるから
若い頃と50代の「偶然」には、決定的な違いがあります。
それは、あなたがこれまでに蓄積してきた「経験」という膨大な資産です。
スティーブ・ジョブズの言葉を借りれば、20代、30代で打ってきた「点」の数と、50代のあなたが打ってきた「点」の数では、その密度が全く違います。
豊富な経験と実績という「点」が多ければ多いほど、これから出会う新しい「偶然」(=新しい点)と結びつき、より豊かで、太く、あなたらしい「線」になる可能性を秘めているのです。
それゆえ、50代のビジネスパーソンにとって、残された時間を最も密度が濃く、それを充実させることが何よりも大切なのです。
そのためには、これまで培ってきたすべての経験を総動員し、自分の真価を発揮するための準備が必要です。
50代になって、あらためて自分が積み上げてきたキャリアを「計画的偶発性理論」の視点をもって、振り返る。これまでのキャリアを「点」として棚卸しし、残りの人生をどう「線」として紡いでいくかを主体的にデザインする。これは、50代までに積み上げてきた経験を価値化し、より良いものに変えていくことで、手に入れられることと、私は考えています。
「偶然」を活かす土台づくりとは?——あなたの「価値観」を確かめる作業
では、私たち50代が「計画された偶然」を活かすために、今、具体的に何をすべきでしょうか。
「好奇心を持て」「柔軟になれ」と言われても、何を基準にすれば良いのか、迷ってしまいます。
役職定年を前に焦っている状況で、「冒険心を持て」と言われても、無防備にリスクは取れません。
その通りです。
50代のビジネスパーソンが「5つの行動指針」を発揮するためには、絶対に欠かせない「土台」があります。
それは、あなた自身の「価値観」を明確にすることです。
- あなたは、何に「好奇心」が湧くのでしょうか?
- あなたは、何を諦めずに「持続」させたいのでしょうか?
- あなたが「柔軟性」を発揮するとして、絶対に譲れない一線はどこにあるのでしょうか?
この「判断基準」こそが、あなたの「価値観」にほかなりません。
「自分がなるべくならば感じていたい価値観」は何か。
「自分がなるべくならば遠ざけたい価値観」は何か。
自分が大切にしたい「価値観」がわからなければ、いかに「偶然」が訪れても、それが自分にとってチャンスなのか、それとも避けるべきリスクなのかを捉え直すことができません。
逆に、「価値観」さえ明確であれば、自信を持って「冒険」し、目の前の出来事を「楽観」的に捉え、粘り強く「持続」することができます。
そして、その「価値観」を明確にする唯一無二の方法が、これまでの人生経験(=あなたの歴史)を深く、深く振り返る作業です。言い換えると、「自分の歴史」を棚卸しし、重要な出来事を通して、「価値観」を明確化する。そして、自分の「経験」を価値化させる。
このように、
「自分は何に喜びを感じ、何に怒りを感じてきたのか」
「どんな『不』を解消することに、やりがいを感じてきたのか」
といった、あなただけの価値観の源泉に触れること。
それこそが、50代の転機において、何よりも先に取り組むべき土台づくりなのです。
まとめ:焦りを手放し、あなただけの「偶然」を楽しむ準備を
50代のキャリアの転機は、焦って「答え」を出すことは禁物です。
他人や会社が用意した「答え」に飛びつくのではなく、あえて、いったん立ち止まること。
そして、「計画的偶発性理論」という視点を持って、これまでのキャリア(=点)を丁寧に振り返り、あなた自身の「価値観」を見定めることが重要です。
私のおススメしている方法は、とてつもなく遠回りな方法のように感じられることでしょう。
しかし、このプロセスで自分の価値観を確かめることができれば、ブレることのない自分の価値観、50代からのキャリアを再設計することができます。
これから出会う「偶然」を楽しみ、それを「必然」のキャリアに変えていく準備が整うのですから。
ゆっくり、いそげ。
遠回りなようですが、実は、近道なのです。
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