50代・役職定年後の虚しさから脱却。自分資本で未来は変えられる

肩書を失った朝、鏡に映る自分は誰だ?

役職定年を迎えた、月曜日の朝。
いつもと同じ時間に起きて、いつもと同じようにスーツに袖を通す。だが、鏡に映る自分は、どこか知らない他人のように見える。昨日まで自分を定義してくれていた「部長」という肩書が、静かに剥がれ落ちた。

会社に行けば、元部下たちが気を遣ってくれる。しかし、重要な意思決定の輪からは、そっと外されている。誰も悪くない。会社という組織の新陳代謝なのだと、頭では痛いほど理解している。だが、心にぽっかりと空いた穴から、冷たい風が吹き込んでくる。

「俺の会社人生、一体何だったんだ?」

この、言葉にならない**「虚しさ」**。
それは、これまで会社という山を懸命に登り続けてきた、誠実なビジネスパーソンだからこそ直面する、深く、静かな問いかけです。この記事は、その問いに一人で向き合い、答えが見つからずにいる、あなたのために書きました。

その虚しさは、決して終わりへの合図ではありません。
それは、あなたの人生が、より豊かで、より自由な新しいステージへと向かうための、重要な「転機」のサインなのです。

それはあなた一人ではない。データで見る「キャリアの踊り場」の現実

まず知っていただきたいのは、その虚しさは、あなた個人の能力や意識の問題ではない、ということです。多くのミドルシニアが直面する、構造的な課題なのです。

あなたが感じている虚しさや停滞感は、いわば**「キャリアの踊り場」**に立った時に誰もが感じる、ごく自然な感情なのです。

しかし、問題はここからです。多くの人が、この「踊り場」で何をすればいいのか分からず、ただ時間だけが過ぎていくのを待ってしまいます。では、この踊り場を、次なるステージへのジャンプ台に変えるためには、何が必要なのでしょうか。

虚しさの正体は「登る山」を失うこと

この問題を考える上で、日本のキャリア研究の第一人者である、神戸大学名誉教授・金井壽宏先生の理論が、私たちに大きなヒントを与えてくれます。

金井先生は、これまでの多くのキャリアを**「山登り」**に喩えました。より高いポジション、より大きな責任、より多くの部下。私たちは、頂上を目指してひたすら山を登ることに、やりがいと成長を見出してきました。

しかし、役職定年とは、その登るべき山が目の前から、ふっと消えてしまうようなものです。あるいは、登頂を果たし、あとは下山するだけ、という状況かもしれません。目標を失った登山家が、山頂で途方に暮れる。これこそが、虚しさの正体です。

では、もう私たちのキャリアに道はないのでしょうか?金井先生は、そうではない、と説きます。これからのキャリアは「山を登る」のではなく、**「高原を旅する」**ように、これまで培ってきた専門性や人間性を、より広く、より深く探求していくことが重要になる、と新たな視点を提示しています[注1]。

山頂からの景色だけが絶景ではありません。広大な高原には、これまで気づかなかった無数の美しい花が咲き、豊かな泉が湧いています。問題は、その高原を旅するための「新しい地図」と「コンパス」を、私たちが持っていないことなのです。

「高原の旅」に必要な地図とコンパス

新しい旅を始めるためには何が必要か。ここで、もう一人の大家である、立教大学教授・中原淳先生の「大人の学び」に関する理論が、進むべき道を照らしてくれます。

中原先生は、大人が新しい環境に適応し、成長するためには、まず古い地図(過去の成功体験や価値観)を手放す勇気、すなわち**「アンラーニング(学習棄却)」**が必要であると解説します。役職定年後の私たちにとってのアンラーニングとは、「部長としての自分」のやり方やプライドを一度脇に置き、「一人のプロフェッショナルとしての自分」に立ち返ることです。

そして、新しい地図を描くために不可欠なのが、自分自身の経験を客観的に見つめ直す**「リフレクション(内省)」**です[注2]。

では、どうやってリフレクション(内省)すればいいのか?

その最も効果的で具体的な手法こそ、私が提唱する**「終活を通じた価値観の明確化」「自分史による経験の棚卸し」**なのです。アカデミックな理論を、あなた自身の人生に落とし込むための、実践的なソリューションがここにあります。

虚しさを「自分資本」に変える、キャリアのリノベーション

ここからは、あなたの虚しさを、未来を照らすエネルギーへと転換するための、具体的なプロセスに入ります。

■ あなたの「ビフォー」:緩やかな停滞という名の不完全燃焼

ここまで記事を読み進めてくださったあなたは、もしかして今、「頭では分かっているけれど、心がついてこない」…そんな、思考のループの中で、緩やかな停滞感を感じてはいませんか?

その感覚は、あなたの意思が弱いからではありません。私たちの脳は、変化を嫌い、現状を維持しようとする強力な機能、いわゆる**「現状維持バイアス」を持っています。特に長年、会社という組織の中で特定の役割を担ってきた脳は、その「安全な箱」から出ることに対して、無意識にブレーキをかけてしまうのです。役職定年後の虚しさは、この脳の安全装置と、「このままで終わりたくない」というあなたの魂の渇望**との間で起きる、静かな綱引きなのです。

この綱引きを放置し、脳の安全装置に従うと、**「感情の麻酔」**とも言える状態が続きます。日々の仕事に大きな波乱はなく、週末には趣味やお酒で気を紛らわす。しかし、月曜の朝にはまた同じ風景が広がっている。

人生に大きな支障はないでしょう。給料は振り込まれ、社会的信用も保たれます。しかし、あなたの内面では、少しずつ変化が起きてきます。会話の中心が、未来の夢ではなく過去の武勇伝になり、自分より楽しそうに働く若手に、ほんの少しの嫉妬を覚える。そして、人生の終わりに自分の歩みを振り返った時、こう感じるかもしれません。『大きな失敗はなかった。しかし、心の底から熱く燃えた瞬間は、いつだっただろうか?』と。それは、静かな**「不完全燃焼」という後悔**です。

しかし、あなたは、その未来を選ぶ必要はありません。これからご紹介する5つのステップは、その思考のループを断ち切り、脳の安全装置を、未来を創造するためのアクセルへと切り替えるための、具体的な実践プロセスです。

■ 人生の主導権を取り戻す「アフター」への5ステップ

Step 1: 「終活」から始める(=現在地を知る)

湘南キャリアデザイン研究所が提唱する終活は、まず「いま」の自分を見つめることから始まります。以下の問いについて、思いつくままに書き出してみてください。

  • ヒト: あなたが大切に思う人に、物理的に残したいものは何ですか?そして、あなたの想いや哲学を託したい相手は誰で、何を伝えたいですか?
  • コト: あなたが経験してきたことで、誰かに伝えたい教訓や物語はありますか?(託す
  • モノ: あなたが所有しているモノで、誰かに受け継いでほしいものは何ですか?(残す
  • カネ: あなたが築いてきた資産を、誰のために、どのように使ってほしいですか?(残す/託す

ポイントは「残す」と「託す」を分けて考えることです。「残す」が物理的な承継であるのに対し、「託す」はあなたの魂や価値観の承継です。このリストは、あなたの「現在」における価値観そのものです。すぐに列挙できること、それが今のあなたが大切にしていることの証明なのです。

Step 2: 「価値観」の言語化(自分の軸を発見する)

Step1で書き出したリストを眺めながら、自分に問いかけてみてください。「なぜ、私はこれを残したい/託したいのだろう?」
その答えの奥に、あなたの揺るぎない「価値観」が隠されています。「家族への感謝」「次世代への貢献」「探求してきたことへの誇り」「美意識」…。しっくりくる言葉を5つほど言語化してみましょう。これがあなたの人生の羅針盤となる「軸」です。

Step 3: 「自分史」の作成(現在地から過去を旅する)

自分の「軸」が明確になった今、初めて私たちは、意味のある形で過去を振り返ることができます。Step2で見つけた価値観を胸に、あなたのビジネスパーソンとしての歴史を旅してみましょう。

  • あなたの価値観が満され、最も輝いていた成功体験は?
  • あなたの価値観が揺らぎ、悔しい思いをした失敗体験は?
  • その価値観が形成されるきっかけとなった、キャリアの転換点は?
    「現在地」という灯台の光があるからこそ、私たちは過去という広大な海で迷うことなく、ジョブズや山中博士のように、未来を照らす宝物(=点)を見つけ出すことができるのです。

Step 4: 「残すもの」と「手放すもの」の再仕分け

過去の旅を経て、あなたの価値観はさらに解像度を増したはずです。その研ぎ澄まされた価値観を軸に、もう一度、身の回りの「ヒト・コト・モノ・カネ」を見つめ直します。これからの人生で本当に大切にしたいもの(残すもの)と、実はもう必要なかったもの(手放すもの)が、より明確に見えてくるはずです。

Step 5: 未来のビジョンを描く(キャリアのリノベーション設計図)

最後に、「10年後、どんな働き方・生き方をしていたいか?」を自由に描いてみましょう。理想の1日の過ごし方、関わっている人、感じている感情などを、具体的に記述します。これが、あなたのこれからの人生を導く「設計図」になります。

「キャリアの自律」がもたらす、本当の豊かさ

この5つのステップを通じて、あなたが手に入れるもの。それが**「キャリアの自律」**です。
しかし、ここで一つ、極めて重要な前提をお伝えしなければなりません。「キャリアの自律」とは、決して会社や社会から孤立する「唯我独尊」の生き方を目指すものではない、ということです。

人は誰しも一人では生きていけません。そして、ビジネスパーソンとしての価値もまた、他者との関わりの中でこそ磨かれ、発揮されるものです。教科書的な理論だけを振りかざしても、厳しいビジネスの現場では通用しないことを、あなた自身が一番よくご存知のはずです。

そこで私が提唱するのが、あなたの市場価値と人間的魅力を構成する、具体的な能力のフレームワーク**「人材力」**です。キャリアの自律とは、この「人材力」をあなた自身が深く理解し、主体的に高めていく状態を指します。

■ あなたの価値を定義する「4つの人材力」と、それを支える「覚悟」

私が提唱する「人材力」は、以下の4つの力で構成されています。

  1. 基礎力:
    どんな仕事にも求められる、読み書き、計算、PCスキル、そしてビジネスマナーといった、全ての土台となる力です。
  2. 専門力:
    あなたがこれまで培ってきた、特定の領域における専門的な知識やスキルです。経理、人事、営業、開発…その道のプロとして、あなたを定義してきた力です。
  3. 再現力:
    特定の環境や条件がなくても、安定して成果を出し続ける力です。あなたの仕事の進め方や思考プロセスを「型」として確立し、どこでも通用するポータブルスキルへと昇華させる力とも言えます。
  4. 人間力:
    他者の痛みを理解し、誠実に貢献し、信頼を勝ち得る力です。人を惹きつけ、動かし、困難な状況でも「あなたとだから一緒にやりたい」と思わせる、究極の力です。

そして、これら4つの力を下支えするのが、**「覚悟」**です。自分の人生に責任を持ち、困難から逃げず、たとえ評価されなくとも自分の信じる道を歩む。この覚悟なくして、真の自律はあり得ません。

キャリアの自律とは、会社の肩書という鎧を脱ぎ捨て、この**「人材力」という、あなた本来の筋肉と魂**で、人と、そして社会と繋がる強さを手に入れることなのです。

■ 「人材力」で読み解く、キャリアの自律がもたらす3つのベネフィット

  1. 『自分のモノサシ』で意思決定できる力:
    不本意な異動も「自分の『再現力』を試す機会だ」と再定義できる。会社の評価に一喜一憂しない「覚悟」が生まれます。
  2. 環境変化に揺らがない『心の安定』:
    どんな環境でも成果を出せる「再現力」と、人を巻き込める「人間力」を自覚することで、プロフェッショナルとしての心の安定が手に入ります。
  3. 偶然をチャンスに変える『主体的な機会創造力』:
    あなたの「専門力」と「人間力」が明確になることで、その軸に共鳴する人々との「縁」が生まれます。計画的偶発性を、自ら仕掛けていくことができるのです。

■ 「人材力」の視点で見る、キャリアの自律を先延ばしにすることで失うもの

逆に、「まあ、いいか」と先延ばしにすると、まるで「茹でガエル」のように、静かに、しかし確実に大切なものを失っていきます。

  1. 時代から取り残される『市場価値』:
    あなたの「専門力」は、その会社でしか通用しない「社内言語」になっていませんか?気づいた時には、世の中から求められるスキルとの間に、埋めがたい溝が生まれてしまいます。
  2. 人生の岐路における『選択肢』:
    早期退職の募集があった時、「自分にはこの会社以外何もないから」と、消極的な理由でしがみつくしかなくなる。失うのは、「自分の人材力を、どこで、誰のために、どう使うか」という、尊厳に関わる権利そのものです。

あなたの「高原」には、まだ見ぬ景色が広がっている

役職定年とは、山頂に別れを告げ、広大な高原に降り立つことです。
もう、誰かと登頂の速さを競う必要はありません。道が一つしかない、苦しい登山からも解放されます。

あなたの目の前に広がる高原には、無数の美しい花が咲き、豊かな泉が湧き、見たこともない動物たちがいます。これからのキャリアは、その一つひとつを、自分の好奇心の赴くままに発見していく、自由で創造的な旅なのです。

その旅は、決して孤独ではありません。あなたが自分自身の「人間力」を信じ、勇気を持って一歩を踏み出せば、同じように高原を旅する、たくさんの素晴らしい仲間たちと出会えるはずです。

この最も熱い時間に、あなただけの、まだ見ぬ景色を見つける旅に出かけませんか。

【脚注】

[注1] 金井壽宏氏のキャリア理論については、同氏の著書『働くひとのためのキャリア・デザイン』(PHP研究所)等で詳述されています。
[注2] 中原淳氏の「アンラーニング」や「リフレクション」に関する理論は、同氏の研究室ウェブサイトで詳しく解説されています。
https://www.nakahara-lab.net/

【追記】

この記事を読んで、少しでも心が動いたなら、あるいは「自分一人では難-そうだ」と感じたなら、それはあなたの人生が、より良い方向へ変わるための大切なサインかもしれません。

自分のキャリアや人生と本気で向き合う作業は、時に孤独で、困難を伴います。
客観的な視点を持つパートナーがいることで、あなた一人では気づけなかった「価値」を発見し、リノベーションのプロセスを加速させることができます。

もしあなたが本気で人生のリノベーションを望むなら、専門家である私と一緒に、その第一歩を踏み出してみませんか。
まずは、あなたが今感じていることを、個別相談でお聞かせください。
お会いできることを、心より楽しみにしております。

湘南キャリアデザイン研究所 代表 扇 慎哉

[→個別相談のお申し込みはこちら]

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