「最近、職場での自分の居場所がよくわからない」
「若い人が増えてきて、何となく肩身が狭い」
「自分だけ、周囲と空気が少し違う気がする――」
50代を迎えると、多くの方がこうした口には出せない「居心地の悪さ」を静かに感じ始めています。
決して能力が落ちたわけでも、大きな失敗をしたわけでもない。
それなのに、確かにあったはずの「自分の居場所」を、実感できない。
あたかも周りから軽く見られているような感覚。
この記事を目にしていただいているあなたは、もしかすると、そんな漠然とした不安の渦中にいらっしゃるのではないでしょうか。
私は、「居場所のなさ」の原因は、役職定年、組織の若返り、早期退職募集といった、目に見える会社の「構造変化」だけに限らないと考えています。
実は、これらの変化に直面したあなたの「脳の癖」も、その不安感に深く、深く関わっているからです。
実は、50代で感じる「居場所」のなさの多くは、脳のある機能が「動き出す」ことによって引き起こされています。
「何を言っているんだ?」と思われたかもしれません。
本記事では、「居場所」のなさを解消するために知っておきたい「脳の癖」と自分で「居場所」を創るための3つの軸をお伝えします。まず、なぜ50代になると「居場所のなさ」を感じやすくなるのか、その鍵となる「脳の癖」の正体を解き明かし、そのうえで、職場の「居場所」を構成する「3つの軸」を明確に定義します。
これにより、脳の仕組みを理解し、それを踏まえて、あなたの「居場所」を主体的に再設計するための、極めて具体的な「50代からのキャリア戦略」を策定するヒントを手に入れることができます。
なぜ50代は「居場所」について悩むのか? 脳の「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」とは?
「このままでいいのだろうか」
「自分はもう、会社にとってお荷物なのではないか」
「同期は役員になったのに、自分は…」
このように「自分でいくら考えを重ねても解決できないこと」に思案を巡らせる状態は、自分が好きなことに没頭している時は、あまり顔を出しません。
むしろ、何もやることがないとき、通勤電車の中、職場で自分が大切にされていないと感じたとき、ふと我に返った瞬間に、心の中に沸き起こることが多いのではないでしょうか。
しかし、「暇だから余計なことを考えるのだ」と自分を責める必要はありません。
これは、あなたが「怠けている」からではなく、脳が特定のモードに入っていることが原因なのかもしれないからです。
脳には、手が空いたり、刺激が少なくなったりすると自動で働く回路があります。
「デフォルト・モード・ネットワーク」という脳の癖です。
このモードがオンになると、「過去の出来事を思い返す」「将来の不安をシミュレーションする」「人間関係や評価についてあれこれ考える」という“勝手な内省モード”に入ります。
脳の“アイドリング状態”=「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」
私たちの脳には、何かに集中している時ではなく、あえて何もしていない「アイドリング状態」の時に活発になる、「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」という基本的な回路(脳内ネットワーク)が備わっています。
DMNが活発になると、脳は自動的に次の3つの「内省」作業を始めます。
- 1. 過去の記憶の整理: 「あの時の判断は正しかったか…」
- 2. 未来のシミュレーション: 「この先、自分のキャリアはどうなるのか…」
- 3. 他者との比較・自己認識: 「周りは自分のことをどう思っているのか…
50代でデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)が活発になる背景
50代はビジネスパーソンとしての残り時間を意識し始めます。40代までは「「これから何になれるか」「どこまでいけるか」という感覚があるものの、50代に入ると、「あとどれくらい現役でいられるか」「このままで終わっていいのか」という感覚になりがちです。
「なんとなく将来のことを考えてしまう」「過去の選択を振り返りたくなる(反省)」「これでよかったのか?(後悔)」と自問する機会が増えてしまうのです。
さらに、さらに、「出世競争の行方がほぼ見えた」「役職定年・若返り人事で「前線」から少し引く」「新しい役割(後進育成・承継)を求められる」という状況に置かれます。
言い換えると、「頑張ればわかりやすく上に行ける可能性を感じられず、頑張りどころがよくわからない時期」に変わるんですよね。
こういうとき、「何を目指していたのだろうか」とか「なんでこうなってしまったんだろう」と「余計なことを考えやすくなる」ものです。
自分と周囲との“差”が見えやすくなる時期でもあります。「出世した同期」「関連会社に出た同期」「思い切って早期退職した同僚」「自分の年下の上司・経営陣」
こうした存在が目に入ると、「あのとき別の選択をしていたら…」とか「自分はこのままでいいのか」と考えてしまうのは、ごく自然です。
逆に言うと、50代とは、脳が「これまで」と「これから」を見直す癖を、良い方向に活用して、「意味づけをやり直したい」という心の動きに昇華させられれば、50代からのキャリアの行方は、深みが増すと考えます。
あなたの「居場所」を定義する「3つの軸」
私たちが漠然と「居場所がない」と感じる時、具体的に「何が」失われているのでしょうか。
人事の視点から、職場の「居場所」を分解すると、それは以下の「3つの軸」で成り立っていることがわかります。
1. 役割の明確さ
「自分に何が期待されているのか、担うべき役割がはっきりしているか」
組織の中で「自分はこの役割を担っている」という明確な認識は、居場所の土台となります。それが「部長」という役職であれ、「このチームのムードメーカー」という非公式なものであれ、役割が明確であれば、人は安心してそこに存在できます。
2. 貢献の実感
「自分の仕事が誰かの役に立っている、組織にとって意味があると感じられているか」
人は、自分が「役に立っている」と実感できて初めて、その場所にいる価値を見出せます。どんなに高い給与をもらっていても、「自分はいてもいなくても同じだ」と感じる職場で「居場所」を感じることはできません。
3. 承認とつながり
「その役割と貢献を認めてくれる人がいて、相談できる・雑談できる仲間がいるか」
たとえ役割を果たし、貢献を実感していても、それを「見てくれている人」「認めてくれる人」がいなければ、人は孤独を感じてしまいます。評価や称賛だけでなく、日常の「ありがとう」という言葉や、困った時に相談できる「つながり」こそが、居場所を強固にします。
50代の「居場所のなさ」は、この「役割」「貢献」「つながり」という3つの軸すべてが、同時に揺らぎやすいことに起因していると、私は考えます。ごく当たり前のことばかりですよね。
ただ、当たり前のことであっても、いざこの「3つの軸」が揺らいだ状態で、脳の癖(デフォルト・モード・ネットワーク)が作動し始めると、あなたの心は深刻な「自分でいくら考えを重ねても解決できないこと」に陥ってしまうのです。
それでは、ここからは、そこから抜け出すための「再構築戦略」を、軸ごとに徹底的に解説します。
【第1の軸】「役割の明確さ」の揺らぎと再構築
「お荷物扱い」の不安
「役割」が揺らぐと、脳は「未来のシミュレーション」機能として最悪の事態を想定し始めます。「このまま役割がない状態が続けば、自分は“お荷物”になるのではないか」 この思考には、脳の「ネガティブ・バイアス」という癖が関係しています。 人間の脳は、ポジティブな情報よりもネガティブな情報に強く反応するようにできています。これは、危険を回避し生き延びるための本能です。
しかし、デフォルト・モード・ネットワークが動き始めると、
このバイアスが過剰に働きます。
- 会議で一度、自分の意見が採用されなかった。
- → 「やはり自分はもう、必要とされていないんだ」
- 上司が若い同僚と楽しそうに話していた。
- → 「自分は疎外されている。お荷物扱いだ」
たった一つの出来事(事実)をネガティブな出来事と解釈する。その結果、Dデフォルト・モード・ネットワークが「自分でいくら考えを重ねても解決できないこと」を生じさせ、自分には役割がないと仕立て上げてしまいます。
再構築戦略:レッテルを変える「未来形」の発信
この「お荷物」という不安から抜け出す方法は、ただ一つ。「役割は誰かから与えられるもの」という受動的な姿勢を捨てることです。
不安に浸っている時間を遠ざけ、「行動」によってDMNのエネルギーを外向きに変えるのです。
具体的には、あなたの「役割」を、あなた自身で再定義し、「未来形」で発信することです。
「過去、私は○○部長として貢献してきました」
これだけでは、過去の栄光にすがる「扱いづらい人」です。
そうではなく、
「これまでの○○経験と人脈を活かし、私はこの部署で若手と経営陣の“橋渡し役”を果たします」
「このプロジェクトでは、過去の失敗事例に基づき、“リスクのチェック役”を私が引き受けます」 と、自ら「役割」を再定義するのです。
会社が「あなたに期待する役割」と完全に一致していなくても構いません。
大切なのは、あなたが主体的に「この役割で貢献する」と決断することです。
その発信こそが、周囲のあなたへの認識(レッテル)を「お荷物かもしれない人」から「あの役割を担ってくれる人」へと書き換え、あなたの「役割の明確さ」という第1の軸を再構築する第一歩となります。
【第2の軸】「貢献の実感」の揺らぎと再構築
「同期マウンティング」という比較の罠
「役割」を見出し行動し始めても、次にデフォルト・モード・ネットワークが仕掛けてくることがあります。それが「貢献」の価値を歪める「他者との比較」です。
デフォルト・モード・ネットワークにより「他者との比較・自己認識」する機能が動き始めると、あなたは自分の「貢献」を、他人の「ものさし」で測ろうとします。
「自分は若手のサポート役(役割)を頑張っている。だが、同期のAはついに役員になった…」
「Bは早期退職して、悠々自適の生活を送っているらしい…」
SNSを開けば、きらびやかな元同僚の姿が目に入るかもしれません。
こうした情報がデフォルト・モード・ネットワークの燃料となり、「それに比べて自分のやっている貢献は、なんと小さいことか」と、「貢献の実感」そのものを蝕んでいきます。
これが「同期マウンティング」の正体であり、DMNが作り出す最も苦しい「ぐるぐる思考」の一つです。
再構築戦略:「他者との比較」から「自分との比較」へ
この「他人との比較」から抜け出すには、簡単ではないことですが、キャリアの「ものさし」そのものを変える必要があります。
もしかすると、あなたはこれまで、「年収」や「役職」といったことを大切にしてきたのかもしれません。しかし、50代からのキャリアで大切になることは、「昨日の自分との比較」です。すなわち、あなたのキャリアを、経験価値という視点で捉え直すことです。
「貢献」の価値は、役職や年収だけでは決まりません。 あなたの経験価値を冷静に見つめ、その価値を最大化する方法を冷静、かつ、情熱的に捉え直してみましょう。
「貢献」の尺度は、あなたが決めるのです。
この主体的な視点の転換こそが、DMNの「比較の罠」を断ち切り、「貢献の実感」という第2の軸を取り戻す鍵となります。
【第3の軸】「承認とつながり」の揺らぎと再構築
「過去への固執」が生む「扱いづらい言動」
「役割」を再定義し、「貢献」の自分軸を取り戻したとしても、最後の軸「承認とつながり」が揺らぐことがあります。
デフォルト・モード・ネットワークが「過去の記憶の整理」機能として動き始めると、美化された「過去の成功体験」に固執し始めます。
そして、その「過去の基準」が、現在の人間関係において「扱いづらい言動」として表出してしまうのです。
「昔はこうだった」
「俺たちの頃は、もっと必死にやった」
「最近の若い奴は、飲みにも来ない」
いわゆる「老害」です。
あなたが良かれと思って口にしたアドバイスが、若手社員からは「古い価値観の押し付け」と受け取られてしまう。
その結果、周囲はあなたに話しかけなくなり、徐々に「承認とつながり」が失われていく…。
これは、「過去」に縛られ、現在の「つながり」を自ら破壊してしまっている、悲しい悪循環です。
再構築戦略:過去を捨て、未来へ関心を向ける
「つながり」とは、無理に維持するものではありません。特に50代からは、主体的に「選び直す」ものです。
その上で、新しい「つながり」を築く努力をします。
その際、必要なのは「昔話」ではなく、相手への「関心」です。
- 「昔はこうだった」と言う代わりに、「君はどう思う?」と問いかける。
- 「俺の若い頃は」と語る代わりに、「最近は何に興味があるの?」と聴く。
「過去」の物差しを捨て、自分の経験価値を関係する人々に伝える。
自分の成し遂げてきたことを、「誰に残し、誰に託していきたいか」という視点で自ら動いてみる。小さな積み重ねが、「話を聞いてくれる頼りになる先輩(50代)」という新たな「承認とつながり」の軸を築き上げます。
「頼られる50代」の行動特性とは?
50代で自分の「居場所」を自ら創り出すために必要な「3つの軸」に関して、お伝えしてきました。同じ50代でも、この「3つの軸」を自ら壊してしまう人と、見事に再構築する人がいます。
「扱いづらい50代」の3つの行動特性
- 1. 過去の栄光に固執し、変化を拒む:DMNの「過去の記憶」に縛られ、新しい制度やツールに「昔はこうだった」と抵抗する。ベクトルが「過去」に向いています。
- 2. ノウハウを「抱え込み」、自分の保身を図る:DMNの「未来への不安(お荷物扱い)」から、自分の「役割」を守ろうと、意図的にノウハウを共有しない。ベクトルが「自分の保身」に向いています。
- 3. 貢献のベクトルが「内向き」である:DMNの「他者比較」に囚われ、組織貢献よりも自分のプライドや評価を最優先する。ベクトルが「自分自身」にしか向いています。
会社が「残したい」と強く願う「頼られる50代」の3つの行動特性
- 1. 方針に従いつつ、疑問点を冷静に質問できる:変化を「学習の機会」と捉え、DMNの「未来シミュレーション」機能を「どうすれば最適化できるか」という前向きな問いに使う。ベクトルが「未来」に向いています。
- 2. 若手の挑戦をまず肯定し、リスクを補完する:「他者を理解し、若手の視点に立ちつつ、自分の経験(過去の記憶)を「リスクヘッジ」という形で支援する。ベクトルが「他者(若手)」に向いています。
- 3. 自分のノウハウや人脈を惜しまず共有する:「不安」を「貢献」で乗り越える。自分の経験を会社に対して「経験価値」として惜しみなく提供する。ベクトルが「会社全体」に向いています。
最強の「居場所」戦略は、「自分の経験価値を伝える」という最高の「没頭」にある
「頼られる50代」の行動特性の核心は、3つ目の「ノウハウや人脈を惜しまず共有する」ことにあると、私は考えます。
私はこれを「誰に何を残し、誰に何を託したいか」という視点で整理することをおすすめしています。このように整理すると、50代から会社で自分の「居場所を創り上げるための3つの軸」すべてを満たせます。
「自分がいないと回らない」という呪縛を手放す
不安が強い人ほど、「自分がいなければ、この仕事は回らない」という状態にしがみつきます。それが自分の「役割」であり「貢献」であり、最後の「居場所」だと信じ込もうとするからです。しかし、それが自分を苦しめてしまう要因になっているかもしれません。
属人化したノウハウは、組織にとっては「リスク」です。さらに、それは「あなた自身」をその仕事に縛り付け、新しいキャリアへの一歩を妨げる「呪い」でもあるのです。
「託す」ことは「次の居場所」をつくる行為
「自分の経験価値を伝える」は、「居場所を失う行為」では断じてありません。それは、あなたの「居場所」を、より高い次元へと進化させる行為です。
なぜなら、「後継者育成やノウハウの言語化」は、50代からのキャリアを最強の形でポジティブに活用する、最も知的で価値ある「没頭」だからです。
- 1. 過去の棚卸し: 自分の経験や失敗談(DMNの記憶)を体系化する。
- 2. 他者への貢献: 若手や組織の持続的な運営につなげる。
- 3. 組織の未来構想: 組織の未来に貢献する。
これら全てを同時に満たすことにつながります。このことに、「没頭」することに挑戦してみませんか。
あなたの経験価値を託し、後継者を育てることは、あなたに「メンター」という新たな「役割」を与え、「組織資産を創出した」「自分の足跡を残せた」という最高の「貢献」実感をもたらし、育てた後輩や経営陣からの感謝という、最も強固な「承認とつながり」を生み出すことができるからです。
あなたの「居場所の3軸」を再設計するセルフチェック
最後に、ご自身の「3つの軸」を振り返るための簡単な質問をご用意しました。
ぜひ、紙に書き出してみてください。
- 【役割の軸】「今、自分に期待されている役割は何か」を1〜2行で説明できますか?
- 【貢献の軸】「この1ヶ月で、誰の役に立てたか」を3つ挙げられますか?
- 【つながりの軸】「職場で、本音(弱音)で話せる人」が1人でも思い浮かびますか?
もし、どれか一つでも「うまく答えられない」と感じたなら、そこがあなたの「キャリアのリノベーション」のスタート地点です。
そして、ふと「このままでいいのか」「自分はこれからどのようにたち振る舞おうか」と感じたときは、「ああ、今、脳が“居場所の3軸”を見直そうとしているサインだな」と思い出してください。
決して自分を責めず、その「内省のエネルギー」を、外向きの「行動」に変えるきっかけとしてください。
まとめ:「居場所」は与えられるものではなく、主体的に「創り出す」もの
50代は、「居場所を失う時期」ではありません。
会社から与えられた「役職」という居場所から離れ、あなた自身の経験価値に基づいた「本物の居場所」を、主体的に再設計する時期なのです。
「3つの軸」の揺らぎは、キャリアの終わりを告げる「前兆」ではなく、あなたの「キャリア・リノベーション」の始まりを告げる「合図」です。
あなたの「役割」を発信し、
あなたの「貢献」の尺度を持ち、
あなたの「つながり」を選び直す。
そして、あなたの貴重な経験価値を、次の世代に「託す(ナレッジ移転)」という、最も熱い「没頭」を始める。
もし、その「3つの軸」の再設計や、あなたのかけがえのない経験価値の棚卸し、その「託し方」について、振り返ったことがないならば、是非、セルフチェックを試してみてください。
もし、その「3つの軸」の再設計や、あなたのかけがえのない経験価値の棚卸し、その「託し方」について、誰かに相談してみたいと感じられたなら。
湘南キャリアデザイン研究所の「キャリア・リノベーション相談」のことを、ふと思い出していただけたら、嬉しく思います。